So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
野道!山道!恋はけもの道! ブログトップ
前の5件 | -

伝 山の辺の道 音もなく死にゆく夏 [野道!山道!恋はけもの道!]

JR万葉まほろば線(桜井線)と並行して
古代の官道の上ツ道(かみつみち)が
南北に走っています。

ちなみに西に中ツ道!
さらに西に下ツ道があります。

東の山側には
やっぱり南北に延びる山の辺の道があります。
4 道とも南北!
決して交差することはありません。

上ツ道と山の辺の道の間に
「伝 山の辺の道」があるというのですが。
浅学にして初めて聞く名前です。



櫟本(いちのもと)駅から東へ
山の辺の道のほうに歩きます。

すぐ和爾下(わにした)神社の
鳥居をくぐります。
blog31檪本.jpg

そう!ここは和爾(わに)氏の里でした。
とはいうものの
和爾氏は歴史からこつぜんと消えていて
お勉強をサボってきたものには
なにがなんやら。

大昔聞いたはなし。

「わにさん!わにさん!いい国ですね。
「ゆずってくださいな。

天皇家や藤原家につづく先祖がいいました。

「おゆずりできません。

3 月 3 晩!平身低頭してお願いしました。

「そんなに熱心に誠意を見せられては、、、。

わにさんは喜んで出て行きました。

それが勝ったほうのいい分。

負けたほうは!たぶん。

「いい国じゃないか!もらうぜ。
「なに!くれない!生意気な。

3 月 3 晩!矢を射り!火をつけ
ばっさバッサとなで斬りして
皆殺しの上!強奪してしまいました。

実際はそんなんじゃないんですか!
負けたほうの主張は残りにくいのです。
なんて地元の人がいっていましたが。

でも!庶民は「わに」さんを忘れず
地名には残しているのかも。



「伝 山の辺の道」の南の起点(?)かな。
blog32檪本.jpg

なんの変哲もない道ですが。

参道を通るなとは。
blog33檪本.jpg

なんのための参道。
参道は神社のものではなく個人所有?!
祭事のときには通行料が取れますね!
不謹慎な発言!すんません。

ああ!清々しい小径になりました。
blog34檪本.jpg
(ふり返って南向きに撮影)

和爾坐赤坂比古(わににいますあかさかひこ)神社。
blog35檪本.jpg

あ!思い出しました。

東大寺山古墳やら赤土山古墳やら
檪本高塚公園!柿本寺跡!在原神社!
シャープ総合開発センター!白川ダムと
このあたり
なにかのときに立ち寄っていますね。

頭の中にスポットとして
かつ現れてかつ消えるものの
広域につながった地図が描けません。

ま!いつでもどこでもなんでも
全体像がない灰色の脳ですけどね。



稲田が変?!
blog36檪本.jpg

大和はジャンボタニシの猛威に
さらされていると聞いて久しいのですが
食われていなければいいのですが。

地平線までつづく(それはないですが)
なんという数の墓石。
blog37檪本.jpg

「音もなく 人等死にゆく 音もなく
「大あめつちに 夏は来にけり

牧水の歌がよみがえり
さまざまなこと!ふとよぎり
炎天下に立ち尽くします。

オニユリが咲いていました。
blog38檪本.jpg

いつかどこかにも咲いていましたね。
ひとりぼっちでながめていた遠い夏。

「サムライ街道」?!
blog39檪本.jpg

なんですか?
田んぼの中の細道。
「街道」でもないような。

サムライ街道が尽きると
「伝 山の辺の道」も終わりかも。

帯解寺(おびとけでら)まではすぐです。
blog40檪本.jpg

帯解駅で
1 時間に 1、2 本やってくる
電車を待ちます。

奈良や郡山の市街地まで
歩いて歩けないこともないのですが
最近ますます横着になった上に
猛暑が覆いかぶさってきて
腰が抜けています。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

緑茶の生まれた里 やんたん散策 [野道!山道!恋はけもの道!]

京都府の宇治田原町の
「緑茶」発祥の地を訪ねます。

ピカピカ!きれいな施設!
「宗円交遊庵 やんたん」がありました。
blog51やんたん.jpg

ピカピカのはずです。
オープン(2018/06/30)したばかりとか。
観光案内や休憩!
緑茶の体験ができるのですね。



まず!宇治田原茶発祥の地に行きます。

伊賀越え街道を東にたどります。
本能寺の変の後!
徳川家康が
堺から三河に震えながら逃げた道ですか。

冷泉だそうな。
blog52やんたん.jpg

この緑茶が生まれた里は
宇治田原町の南東部の湯屋谷。
「ゆやだに」と読むのでしょうけど
通称「やんたん」らしい。

ここは湯屋がある谷だから湯屋谷!
温泉地だったのですね。

どんどん上って行きます。
平地なんか見えない
上がるか下がるかしかない里です。

4、5 本の道が集まっているところに
「家康伊賀越えの道」の看板。
そこから大福谷の小径に入ります。

茶畑を見ながら進みます。
blog53やんたん.jpg

その奥地の林の縁に
「宇治田原茶発祥の地」の説明板が
ぽつんとなんの芸もなくあります?!
blog54やんたん.jpg

ああ!そういうことですか。
この地の「茶畑」の発祥の地ですか。
私は「緑茶」の製法の発祥の地と
早とちりして
顔中に汗を吹き出させて上ってきましたが。

落ち着いて引き返せば
谷川沿いの雑草と思っていたのは
みんな茶の木なんですね。
blog55やんたん.jpg

この里の道の脇や林床にも
いたるところに茶の木が芽生えています。



「家康伊賀越えの道」の看板のところから
「京都やましろ茶いくるライン」という
たぶんサイクリングロードをアップダウン。

急斜面に茶が作られています。
blog56やんたん.jpg

緑茶の製法を確立した
永谷宗円(1681 ~ 1778)の
墓所があるはずなんですが
気づかず通り過ぎて
宗円の復元された生家まで降りてきました。
blog57やんたん.jpg

昔の庶民の茶は茶色。
「茶色」は「茶の色」だったのですよね。
当然のはなしですね。

宗円は 15 年かけて
色!味!香りにすぐれた
「青製煎茶製法」を確立したのだそうです。

茶葉の製造に使う
焙炉(ほいろ)跡がありました。
blog58やんたん.jpg

現在とあんまり変わらないのですね。



宗円街道を下ります。

宗円街道は最近の呼称かも。
塩谷(しょんたん)と呼ばれてきたらしい。

「宗円交遊庵 やんたん」に帰ってきました。
館内の「お母さんの手づくり食堂」
「あばんず!キッチン」で
「茶そうめんのかしわ汁」(税込 500 円)を
いただきます。
blog59やんたん.jpg

抹茶素麺にかしわ(鶏肉)だし汁。
他に選択できるメニューはありません。

「あばんず!キッチン」を
「おばんず!キッチン」といったりして
すみませんでした。

おばさんばかりが目についたからって
ふざけていったのではありません。
一瞥して
ホントにそう読んでしまっていたのです。



大滝街道・中谷(なかんたん)を上ります。
どんどん寂しい風景になります。

わ!私の大嫌いなタケニグサ!
blog60やんたん.jpg

山の中!上から下までタケニグサだらけ。
すごい景色がつづきます!おぞましい。

大滝ですか。
blog61やんたん.jpg

まだ上の林間に滝があるのかどうか。

しぶきのかかりそうなところに
不動明王がおわします。
blog62やんたん.jpg

引き返します。
途中「赤ケ尾の道」という案内に導かれて
草むす急坂を上ります。
blog63やんたん.jpg

だれも歩きたくなる人は
少なくとも観光客はいない小径のような。
こんな急な場所に茶畑があります。

茶葉の生産にはいいのかも知れませんが
作業は大変ですね。

急坂を上って
峠から急坂を下ります。

昔はこの峠に寺院があったそうな。
静かでよく修行できそう。
私向きですね。
ウソついてすみません。

降りたところはランチ前に下った
塩谷(しょんたん)!
宗円街道じゃないですか。

今一度!宗円の生家のほうに上れば
生家の向こうに神社があったのですね。
blog64やんたん.jpg

宗円を祀っている
茶宗明(ちゃそうみょう)神社。



やんたん(湯屋谷)には
4 つの谷があるとか。
ま!谷しかないのですが。

いくつの谷に出会っているのか分かりませんが
「宗円交遊庵 やんたん」にもどってきて
エアコンの風にあたり休憩。
blog65やんたん.jpg

観光周遊バスで
路線バスの京都京阪バスの終点
維中前バス停まで送ってもらいます。
blog66やんたん.jpg

無料です。
交通の便があまりよくない里でした。

その覚悟でくれば
なかなか面白いハイキングが楽しめそうです。

が!最近の寄せ集めハイキングには
高齢の人ばかり集結。
候補地にはならないかも。
コメント(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

六甲ノースロード記念碑台 白妙のころ [野道!山道!恋はけもの道!]

「卯(う)の花」が咲いています。
blog31六甲.jpg

ハコネウツギとウツギでしょうか。
珍しいものでもないですが
下界ではとっくに
花の季節が過ぎているのに。

6 月の下旬も六甲山では
「夏きにけらし
「白妙の 衣ほすてふ
ですね。

ん?!
持統天皇の歌。

「春すぎて 夏きにけらし 白妙の
「衣ほすてふ 天の香具山

「夏がきたので洗濯ものがみな白い
なんて解釈ばかり聞かされたような。

これ!衣を干しているように
卯の花が咲いているということでは。

だいたい!山に!
たとえ丘のような天の香具山でも
山肌をハデに飾るように
洗濯ものが見える訳でもないでしょうに。



六甲山の逍遥の
中心あたりとも思われる記念碑台から
小径を東へたどります。
blog32六甲.jpg

ノースロードと名づけられてはいますが
あんまり有名でもなく
なにかのついでに通っていますが
静かな散策にはいい道でした。

色気づいて手をつなぎ
足をからませて歩く道では
ないかも知れませんが。
足をからませたら歩けませんか。

スイカズラも今を盛りと咲いています。
blog33六甲.jpg

ダイヤモンドポイントだそうな。
blog34六甲.jpg

海が見えます。
瀬戸内の海が。



くるりと曲ります。
引き返す方向になります。

近所にあれば毎日散歩してみたいような
さわやかな小径がつづきます。
blog35六甲.jpg

丁子ケ辻に出て
ドライブウェイをもどります。

六甲山ホテル(旧館)がまだありますね。
blog36六甲.jpg

昭和の初めに開業した名門ホテルも
乗っ取りか身売りかにあって
営業を停止しています。

そのうち現代の風俗に媚びた!
いや!失礼!
時代に迎合したものに変わるのでしょう。

手を合わせて行きますか。
blog37六甲.jpg

あれ!?お地蔵さまじゃないですね。



記念碑台まで帰り着きました。

すっきりきれいに改修されています。
blog38六甲.jpg

六甲山ビジターセンターはそのままかな。

いや!こんな大きな昆虫!いましたか?!
blog39六甲.jpg

キベリハムシだそうな。
漢字で書けば
「黄縁葉虫」でしょう!たぶん。
日本にはメスしかいない昆虫。
恋もできずに
なにかもったいないような人生。
あ!ヒトじゃないですね!虫生?!

ビジターセンターのテラスで休憩。
blog40六甲.jpg

海がかすんでいます。
blog41六甲.jpg

瀬戸内は年中かすんでいます。
真冬のなん日かくらいですかね!
からりと晴れているのは。

六甲山の開祖といわれる
グルームの像は健在。
blog42六甲.jpg

ビールをささげます。
キリン「一番搾り 神戸づくり」です。
せっかく神戸にきたのですから。
いつも飲む新ジャンルのものの
3 倍もしますが。

すぐお下がりをいただきました。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

大和葛城山から西行終焉の地へ [野道!山道!恋はけもの道!]

葛城高原です。
blog01葛城山.jpg

大和葛城山の頂上!標高 959m 付近。
blog02葛城山.jpg

いつきても草木が少ないですね。
不思議といえば不思議です。

この山の観光に熱心な鉄道会社が
ハゲ山維持に努力しているのかも。

公孫樹(いちょう)の種子!
いわゆる銀杏(ぎんなん)を
山頂からハイキングコース沿いまで
なん年もの間になん度か埋めて
ささやかながら
緑化に努めようとしたのですが。

ありませんね。
芽が出なかったのか
出てもススキや笹といっしょに
刈り取られたものか。



この季節!観光客がたむろする
「自然ツツジ園」を避けて
沢を探検(!)すれば
「虎杖(いたどり)」がいっぱい。
blog03葛城山.jpg

見慣れたものよりいやに緑っぽい?!
大変!変異のある植物かも。

もし畑で栽培する日がきて
優秀な種を山野で探すことになれば
候補株が無数に集まるでしょうね。
栽培する日はないでしょうけど。

皮をむいて輪切りにして
持参していた氷水にさらしてみます。
ま!意味あることでもなかったですがね。

スーパーの最安値の
具の少ないちらし寿司と混ぜましょう。

今日はまくことは断念して
電子レンジで加熱してきた
銀杏もいっしょに。
blog04葛城山.jpg

爽やかな酸味!
159 円でこの豪華さ!
そうでもないですか。
いいのだ!本人が納得すれば。

山中でひとりほくそ笑む!
不気味です。はは。
このくらいのしあわせしかない人生。うう。
ひとり泣き笑い!変態気味です。



ところでここはどこ?!
blog05葛城山.jpg

ヒノキがあります。
山の北側?
進めばスギの林になります。
すると南側!?

山頂からだいぶ下がったので
これから上がるには、、、!
なまけものには気力が湧きません。

降りてしまいますか。
幅員があって
コンクリートが打ってあります。
きっとすぐに
どこかに出られるでしょう。

ハナイカダかな。
blog06葛城山.jpg

この山にたくさんある木です。

葉の上に花が咲いて
メス木なら結実しますが。
寺社の境内に多い
ありがたい「お葉つき公孫樹」のようで
あるおじさんがいたく感動していましたね。

別の日!おばさんたちと歩いたら
それから
「大和葛城山」イコール「ハナイカダ」と
刷り込んでしまいましたが。
そんなに珍しい低木でもないですよ。

あれは春だったのやら!秋だったのやら。
もう×十年も会っていない人たち。



舗装道はどんどん下がるのですが
ちっとも文化かおるところに出ません。
不安は増しても
文化かおるモバイル系の機器は
持っていません。
持っていても電波が届きません。

案内標識もありません。

あったぁ!
blog07葛城山.jpg

今降りてきた方向は
たしかに「大和葛城山」とありますが
あちらはなにか!?
風化が進んでいて読み取れません。

四ツ辻なのに
2 方向しか指していないとは?!
指す方向だけ地道になりますけどね。
それにもかまわず行きますか。
blog08葛城山.jpg



あったぁ!
blog09弘川寺.jpg

下ること 1 時間!
やけに暗い山中にぽつんとありました。
「弘川寺歴史と文化の森」ですか。

弘川寺(ひろかわでら)!?

「ねかはくは 花のしたにて 春しなん
   そのきさらきの もちつきのころ 

花の下で往生した西行(1118 ~ 1190)の
終焉の地ですよね。

しかし!ここ「文化の森」?!
文化なんて感じられません。
最近だれか歩いたの!?
疑ってしまう暗さです。

大和葛城山は
大阪府と奈良県の境界にありますが
大阪府側の河南町を下っていたのですね。

奈良県側を歩いているように
錯覚していたのかも。

頭の中の地図を 180 度反転させます。
が!
これがなかなか!もどらないんですよね!
イメージが正常にもどりません。
最近特に。
りくつでは分かっていても。
脳の老化が加速しています。

ともかく弘川寺へ降りなければ!

「弘川城址」の矢印のほうには
なにもありませんね。
blog10弘川寺.jpg

この上に上ればあるの?!
そうとしても!その道が見つかりませんが。

さらに急坂を落ちるように下れば
放置されたような棚田?!
blog11弘川寺.jpg

やっと里に降りたようです。



突然!弘川寺。
blog12弘川寺.jpg

ああ!大昔も大昔!
某おね~さんに連行(!)されて
この山寺(?)にくるまできました。
blog13弘川寺.jpg

そのときは
西行になんの興味もなかったので
ずいぶん失礼なことをいっていたような。
すみませんでした。

今 1 度会えたらお詫びに
1 日下僕(しもべ)となり
務めさせていただきます。
ま!当時も下僕なみの扱いでしたけど。

教養をつけようとしてくださったのに
栄養だけダブついて再びこようとは。



バス停発見!
もう歩く気力なし。
だれかといっしょなら
怠惰(たいだ)なところをあまり見せない
カッコだけつける田舎ものですが
ひとりならね。

バスは 1 時間に 1 本あるようです。
都会じゃないですか。

道に座りこんで
ウツギの白い花を見ていたら
おしゃべりおばちゃんふたり組!
さらにどこを歩いてきたのか
ハイカー姿の若いカップルと!
計 5 人になりました。
都会じゃないですか。

カップルは無口です。
山中でなにかしたのかな。
しようとして未遂に終わったのかな。

後年に!私のように反省するのかな。
しなさい。



バス停の上に
青い実をいっぱいつけた木があります。
blog14弘川寺.jpg

ウワミズザクラ?!
blog15弘川寺.jpg

いや!違いますか。
ハナイカダのように
ありがたい公孫樹のように
「お葉つき」に見えますが。

ま!命に別条のないことは
またそのうち考えましょう。
眠くなりました。

バス!きませんね。
コメント(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

つつじの鳥見山 初瀬ダム [野道!山道!恋はけもの道!]

近鉄・榛原(はいばら)駅から
山に向かって歩きます。

棚田の初夏。
blog01鳥見山.jpg

(奈良県)榛原町の文字が散見しますが
この町はもうひと昔以上前に消えています。

この前にきたときはその消滅より
まだひと昔!ふた昔前のこと。
私が大阪に流れてきて間のないころ。

なん度か歩いているコースですが
まったく初めてのような印象しか湧きません。
記憶力が悪いことと
人の尻について歩いたら無責任そのもの。

「春日宮天皇妃陵」の案内板がありました。
聞いたことのない天皇と妃です。

暗い山中を分け入り!進めば!?
blog02鳥見山.jpg

急階段の長い長い参道がありました。
上の画像は陵のところ
振り向けば延々と下がっています。

「光仁天皇御母贈皇太后橡姫」
「吉隠陵」とあります。
光仁天皇の父が春日宮天皇なんですか?!
その妃ということで
「春日宮天皇妃陵」と書かれていたのですか。

春日宮天皇とは「追尊」ですか。
手元の「天皇家系譜」にありませんがね。

「贈」とか「追尊」とか
なんだか皇国史観バンザイの時代に
光仁天皇の出自を飾るために
無理から作ったような。



鳥見山(とみやま or とりみやま)公園です。
blog03鳥見山.jpg

公園中に赤い花。
blog04鳥見山.jpg

もうすぐ
「つつじ祭り」(2018/05/06)だそうですが
そのときには
もっと赤く染まった山になるのでしょうか。
blog05鳥見山.jpg

それとも今年は
早く咲いてしまったのでしょうか。



日本書紀に神武天皇 4 年 2 月
霊畤(まつりのにわ)を
鳥見山に立てたとありますが
それはここだと榛原町は
いや!今の宇陀市は主張していますね。

今の橿原神宮のあるところに
宮を造っていたのなら
地図上直線で 10 数キロは離れていますがね。

橿原神宮から 7km ばかりの
桜井市の鳥見山もうちだと主張しています。

私的には桜井市のほうに心が動きますが。

距離的に近い。
山麓に等彌(とみ)神社が現存しています。
東征して最初に落ち着いた里です。
神武天皇の名前に「いわれ」が入っています。
日本書紀では「神日本磐余彦天皇」
(かんやまといわれひこのすめらみこと)
古事記では「神倭伊波礼毘古命」
(かむやまといわれびこのみこと)
桜井市はその磐余(いわれ)の里です。



東海自然歩道をトレースして
初瀬(はせ)ダムを目指します。

高束(たかつか)城跡に上がります。
blog06高束城跡.jpg

なんにもありません。
戦国時代に落城していますから。

かすかに思い出しました。
私をアゴで使うおね~さん方と
ここで休憩したような。

また!酒好きなおじさんとも通過したような。
最近知ったのですが
その人はいつの間にか鬼籍に入っていましたね。

その他のみなさん!ご存命でしょうか。
強いて知りたくはありませんけどね。

わ!すべる~!
blog07初瀬ダム.jpg

急坂に石畳!
石段のほうがいいですよ。
数百メートルもつづいて難儀します。
やめてください!

忠犬が勇ましく吠えてくれます。
blog08初瀬ダム.jpg

人家に出ました。
眼下に初瀬ダムの貯水池・まほろば湖が
にぶく光っています。

高おがみ神社の境内の下(?)をくぐります。
blog09初瀬ダム.jpg

「石の道!大丈夫でしたか?」

神社で掃除の
ご奉仕(?)されていたおじさんが
声をかけてくれます。

やっぱり!不評なんですね!あの道。

東海自然歩道は各県が整備していますが
奈良県が張り切って石を敷いたそうな。



東海自然歩道は
まほろば湖の右岸に設定されていますが
私はくるまの少ない左岸を歩きます。
blog10初瀬ダム.jpg

おおかみ谷の鉄の橋。
blog11初瀬ダム.jpg

大昔から錆びた色でしたが
落下もしないで!まずはめでたし。

バシャバシャ!
だれかおぼれて助けを求めているような!?

あ!カワウですかぁ!
blog12初瀬ダム.jpg

カワウがメス(たぶん)の気をひこうと
大きな音を立てています。
必死ですね!恋は大変ですね。

初瀬ダム。
blog13初瀬ダム.jpg

のぞけば。
blog14初瀬ダム.jpg

見上げれば。
blog15初瀬ダム.jpg

行く先々で藤の花が咲いていましたが。
blog16初瀬ダム.jpg

おなじような色のようで
それぞれ少しずつ主張が違うような。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の5件 | - 野道!山道!恋はけもの道! ブログトップ