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高津宮夏まつり肩すかし 梼原カリー [わが街・大阪ブギウギ]

祭ばやし(!)が聞こえます。

高い石垣の上。
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高津宮(こうづぐう)からのようです。

今の大阪市に背骨のように
東西にのびる上町台地にあるのなら
もうすでに高台のはず
さらに石垣を高くするとは。

北から南に回り
正面から石段を進みます。
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大きな茅(ち)の輪があります。
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ん?!
「茅の輪は桃ケ池の葦です」とあります。

ああ!もしかして!これ?!
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わが家の庭(!)の桃ケ池のアシ。
中途半端に刈り取られています。
草刈りや清掃とも思えなかったのですが。
でも勝手に盗んでも(?)いいのですか!?



それはさておき
はやし方だけは張り切っていますが。
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境内は静かです。

「十八日 本祭 祭典午前十時」
と掲示してありますが
もう 11 時過ぎています。

「終日だんじり囃子奉納」
「終日獅子頭笹みこし授与」とも。

奉納演芸は夜!?
だれもいません。
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境内の「高津の富亭」の
奉納落語会も夜かな。

「暑気払い かちわり氷(無料授与)」は
もらえません!ブースは無人ですから。

あ!「かちわり」は関西弁のはず。
河内のおっさんが威嚇(いかく)するとき
「どたま(頭)かち割ったろか!」と
使ったりするあの「かち割り」ですかね。

高津小学校の絵画展。
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すごい!
作品ではなく児童の名前。

未見!美百恵!恋心奈!有杏!彩夏!
どう読むんだろ?



西側の車道に
香具師(てきや)の露店が並んでいますが。
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屋根を降ろしています。
なるほど
サンズン(屋台)の屋根は降ろしたら
シャッター代わりにもなるんですね。

しかたがありませぬ。
谷末社のある崖下の
陰陽石を拝んで帰りましょうか。

石だらけで
どれがそれだか浅学の徒には分かりません。
ま!テキトーに手を合わせて祈願します。
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ん!?
なんのご利益があるのでしたやら。



大阪メトロの谷町線の
谷町九丁目駅から帰ります。

北東の入り口の横にカレー?!
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梼原(ゆすはら)カリー!?
税込み 500 円!

いただきましょう。
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激辛好きだったのに
最近!辛くてたまらなくなりました。
舌がボケてきたのか
やっと神経回路がつながったのか。

しかし!
おこちゃまカレーは食べたくありません。
フツーより
いくらか辛いくらいがいいですね。

この梼原カリー!
そんなに辛味は感じませんが!おいしい!
私の口に合いました。

ところで
この店舗の屋号はなんでしょうか。
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「谷九(谷町九丁目)店」との文字が
見え隠れしていますので
「梼原カリー」を扱う
本店(!)がどこかにあるのかも。

「梼原(ゆすはら)」は地名だとか。
高知県の梼原町から取り寄せた食材を
使っていると書いてありました。
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愛染まつり 2019 [わが街・大阪ブギウギ]

松屋町筋から谷町筋にあがります。

谷町筋は大阪市の背骨(!)です。
大阪城あたりから住吉大社まで
南北に上町台地という
高台が走っています。
その高台にできた道が谷町筋です。

その昔は!
だれも見た人は生きてはいない大昔は
上町台地から西は急に落ち込んでいて
その西はずっと向こうまで海でした。

海(!)から丘にあがります。

大江神社の石段が見えます。
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100 段はあります。ふぇ~!

大江神社の大江は
大きな入り江のことらしい。

その南に愛染坂があります。
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そんなに若くもないおね~さんが
自転車でのぼって行きました。
アシストがついた自転車ですが。

海(!)から上町台地にあがる坂は
たくさんありますが
愛染坂は比較的ゆるやかです。

大江神社に「夕陽岡」の碑があります。
このあたりの地名の
「ゆうひがおか」の元祖(?)です。

夕陽岡の碑のこちらに
茅(ち)の輪があります。
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昨日(2019/06/30)は
「茅の輪くぐり」をしたのですね。

タイガース神社(?)に行きませんか。
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にゃんともいいませんね。

狛犬ならぬ「こま虎」がいます。
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前の歴史がありそうな 2 頭も
「こま虎」かな。
早く社を建ててあげて。



大江神社の隣の愛染さん!
つまり愛染堂勝鬘院(しょうまんいん)の
夏まつりの季節です。

大阪市には「様」がないので
神も仏も隣のおじさんを呼ぶように
「さん」づけです。

「愛染さん」から
大阪の夏まつりが始まります。
神社も寺院もひっくるめて
最初のまつりです。

愛染さんの前の道。
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今年も昨年とおなじ(拙ブログ 2018/07/02
香具師(てきや)の露店がありません。

「あいぜんさんじゃ!ほ~えかご!」
「べっぴんさんじゃ!ほ~えかご!」の
「宝恵駕籠(ほえかご)」はあります。
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愛染娘もいます。
でも!
谷町筋のパレードは(拙ブログ 2016/07/01
なかったようです。

境内は「まつり」らしからぬ静かさ。
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繰り返し歌謡曲「旅の夜風」が流れています。
松竹映画の「愛染かつら」の主題歌ですね。

桂(かつら)の木と ノウゼンカズラの花!
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これを
「愛染かつら」と信じよ!というのですね。

そもそも「愛染かつら」の
原作者の川口松太郎は
信州の別所温泉の桂の木を見て
創作したといいますがね。

川口の頭の中には
ノウゼンカズラはまったくありません。

これは「愛染・かつら・かずら」に
なってしまいます。



本堂の下にいたいけな花。
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あら!顔をあげると
境内中に咲いています。
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踏まれそうなところにも。
実際!いくつか踏まれています。

墓地にはいっぱい!
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墓地の花でしたか。

戦前の法律では国宝だった多宝塔が
レース(!)をかぶっています。
修理中ですか。
ここで催行される
「夏越しの祓え大法要」はどうしたのかな。



谷町筋に出ると!なんだかさっぱり。
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街路樹には珍しい
多行松(たぎょうしょう)が
10 本はあったのですが!?

3 本!
しかも 1 本は半分欠けています。
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なにがあったのでしょう。



「ゆうひがおか」の名の
由来になった歌をのこした
藤原家隆の墓が保存されています。
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その家隆の
庵の跡にできたのが浄春寺だとか。
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古刹もなんだか破寺(やれでら)のよう。
なくなりそう。
失礼な発言!ごめんなさい。

あら!門前に「麻田剛立墓」とあります。

麻田剛立(1734 ~ 1799)は
ケプラーの第 3 法則とおなじ計算を
思いついた人?!

ケプラー(1571 ~ 1630)のほうが
150 年ばかり前に数式化していたのですが
鎖国の日本で
独自に計算したといわれています。

その墓所!
雑然として分かりません。

なんの説明板もないところをみると
麻田はケプラーの著書を見ていた
可能性があるのかも。



オダサク(織田作之助)の
口縄坂(くちなわざか)の碑があります。
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口縄坂をくだります。
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下から見たら口縄(ヘビ)のようだと
いわれてきましたが。
はたして、、、。

降りると海!
ではなく今は松屋町筋。

なんのことはない!
あがっておりただけ。



(敬称略)
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地下の文化創造の場?アートエリアB1 [わが街・大阪ブギウギ]

土佐堀川にかかる
栴檀木橋(せんだんのきばし)を渡ります。
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栴檀の木はなん代目かでしょうけど
親柱はいつごろのものでしょう。

左岸から右岸!
つまり北に渡れば
大正 7 年(1918)竣工の
大阪市中央公会堂。
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土佐堀川の上流には
難波橋(なにわばし)があります。
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橋の 4 隅にライオンがいます。
結構大きなライオン(像)です。
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土佐堀川越しに見れば
そのうちの 1 頭と
五代友厚とが仲よし(!)だとか。
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「五代さん!夏でっせ」
「暑苦しい洋服!脱ぎなはれ」

「きみもたてがみをカットしたらどうや」

「たてがみを切ったら獅子の男は」
「“おねぇ”になってしまいまんねん」
「人間の“おかま”は髪を伸ばしますが」
「獅子は逆ですわ」

と!はなしているようです。

ん!?
五代は薩摩藩士出身!
ライオンは大正時代には
日本出身はいないでしょうから
ふたりはどんなことばではなすのやら。



大阪市中央公会堂の東側はすっきり。
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こんなにさっぱりしていた
風景を見た記憶がないのですが。

この地下に
京阪・中之島線のなにわ橋駅。
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カネをかけた建築ですね。
ムダにカネばかリかける設計が
もてはやされるのですね。

なにわ橋駅の地下 1 階に
「文化・芸術・知の創造と交流の場」とかいう
「アートエリアB1(ビーワン)」がありました。
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そこで今日(2019/06/18)は
「プロジェクトミーティング」!?
「これからの自然科学・博物館と市民」が!
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「自然史」の単語の歴史を知りました。

「Natural History」(ナチュラル ヒストリィ)を
明治時代から「博物学」と訳して
使っていたのですか。

1974 年から「自然史」ということばを
誕生させた!?

そのくらいです。
ぼんやりの頭に入ったのは!はは。



熱心な人たちばかりで
予定時間をオーバーしたらしい。

外の出ると
大阪市中央公会堂が
意外にきれいに夜に浮いています。
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アーチの屋根の上に不純異性交遊のふたり?!
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淫らなことはしていませんね。
おふた方とも神さまですから。

商業の神「メルキュール」と
科学と平和の神「ミネルバ」です。

科学の神さまが女神です。
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春風や堤長うして家遠し [わが街・大阪ブギウギ]

大川(旧・淀川)に架かる
毛馬橋(けまばし)を
右岸(大阪市北区)から
左岸(都島区)に渡ります。
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なんとなく卑猥(ひわい)です。あは。

「ももだに(桃谷)から
「しりいけ(尻池)に回って
「けま(毛馬)の
「こうもん(閘門)に行ってんか

みんなこのあたりの地名なんですが
「知らんタクシーの運転手にいったら」
「怒りまっせ」と噺家(はなしか)の
亡き露の五郎兵衛師匠の弁。

地理に疎い運転手がいるとも思えませんが。

この橋は日本最初の連続合成桁橋!
と!説明されたこともありますが
なんのこっちゃ!抹茶に紅茶。

上記のお色気ばかり記憶に残り
橋の構造にも歴史にも
なんの興味のないものには
馬の耳になんとかやら。
すみませんでした。



渡ったらすぐ蕪村公園。
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もちろん!与謝蕪村を顕彰する公園。
蕪村はこの近くにあった
毛馬村(けまむら)の出身です。

自筆の「春風馬堤曲」が掲示されています。
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几帳面な字ですね。

これは近代詩だと
(たぶん)写生主義の立場から
正岡子規は賞賛したのですね。

近代詩とは認めるが抒情詩人だと
子規に反論したのは萩原朔太郎でしたか。

いずれにしろ多くの詩人俳人が
高く評価しているようですが。

発句(俳句)と漢詩と漢文体と混合した詩。
詩といっていいのですかねぇ。

詩の内容は
奉公に出ていた少女が「やぶいり」で
うきうきと堤を歩いて帰郷する
心情を詠っています。

これは少女に仮託した
蕪村の「心」だという人ばかり。

「やぶいり」は旧暦の 1 月と 7 月です。
この詩の少女は春の暖かさの中にいます。
蕪村が
現実に遭遇したはなしじゃないのでは。

朔太郎のいうように
蕪村の俳諧の本質の「郷愁」が
作らせた詩(?)のような。



19 か 20 歳のときに故郷を出奔した蕪村は
生涯ただの 1 度も
帰郷したことがないと聞きましたが。

大坂にやってきたり
近所を通過していたり
晩年には京都に住んでいたのに
毛馬村には帰っていません。

中国には望郷の
悲痛の漢詩があまたありますが
それは帰りたくても簡単に帰れないほどの
遠い異国の地でしのんでいるもの。

蕪村の立場とは違うような。



大川の堤を歩けば
ほどなく毛馬閘門(けまこうもん)です。
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淀川から分流しています。
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このあたりの水底に
明治の終わりの淀川大改修まで
蕪村の故郷の毛馬村があったそうです。

淀川の堤防上に
「蕪村生誕地」の碑と
「春風馬堤曲」の中から抜いた
「春風や堤長うして家遠し」の
句碑があります。
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「はるかぜや つつみなごうして、、、」と
読みたい人が多いのですが
五郎兵衛は
「つつみ」じゃなく「どて」と読まないと
大坂(大阪)弁に
そぐわないといっていたような。
そうしたら 7 音になるので
8 音よりは正調かも。

それは私が勝手につけたい(?)りくつ。
「どて」に別の意味を持たせたいのですね。

ももだに!しりいけ!から
どて!
さらに!けま!こうもん!が正しい?!

「毛馬」とは妙?!
でもなんでもなく
淀川のデルタの草木を「毛」と呼んだ!?
そこへ馬の放牧?!

デルタぁ!?
毛~!馬~?!
あらたに妖しげなものが加われば!もう
浅学にして理解不能です。

近いうちに
この方面では人後に落ちない賢姉・大兄に
場末の居酒屋あたりで解説願いましょうか。



淀川左岸をさかのぼります。

河川敷に絵に描いたような整った木が!
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洪水がなん度も襲う場所なのに。

ふと!ボードレールの詩を思い出しました。

「きみの最愛のものは父か母か

「父も母もないよ

「友か

「そのことばを知らない

「祖国か

「地上いずこにそれがあるか

「美女か

「女神のようにつつましく不死の美女なら

「金か

「ぼくはそいつをにくむ

「そんならきみはなにを愛するのか

「ぼくはあの雲を愛する

そうだ!
蕪村の故郷はあの空の向こうにあるのだ!
なんて阿呆は思います。

現実の故郷に帰っても
あの日の故郷じゃない!
かえってあたためている故郷像が崩れる!
と思ったのじゃないでしょうか。

私もボードレールの詩に同感です。
祖国は!故郷は
胸の中だけで輝いていればいい!
そんな思いで義理を欠いて生きています。

義理を欠くというより
はじかれているのでしょうけど。



赤川鉄橋(淀川橋梁)は
歩行者は渡れなくなっています。
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あ!そうだ!
渡れなくなる寸前にここにきていましたね。
拙ブログ 2013/09/15

渡るのなら上流の
菅原城北大橋まで行くことになりますか。
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目をこらすと
赤川鉄橋を
客を乗せた電車が通っています。
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今まで!といっても 5 年前までは
貨物車と歩行者専用の橋だったのですが。



(ボードレールの詩は)
(堀口大学訳を勝手に縮めています)
(敬称略)
タグ:正岡子規
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大野川くだれば おはぎ食べたし [わが街・大阪ブギウギ]

「八丁橋」と書いてある交差点。
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大阪市西淀川区歌島二丁目あたり
阪神高速道の下。
まぶしい南に向けば
とうとうと大野川が、、、。
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流れていませんね。
1972 年に埋められて遊歩道
「大野川緑陰道路」と改名されています。

ちなみに北へは(上の最初の画像)
クスノキの道が少しあるものの
それから先は杳(よう)として霧消。

だいぶ北のほうには
蛇が腸ねん転を患っているような
くねくねと流れる神崎川。
そこから分流してきていたのでしょうか。

南へ(南西かな?)に歩きます。
クスノキが並んでいます。
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中に 2 レーンの自転車道。
両外側に歩行者道 2 レーン。

わ!痛そう!
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足つぼの刺激!?
「自然浴さんぽ路」だとか。

よく分からない少女像。
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なんのレリーフ?!
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4 月半ば!散り残る桜。
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今日もまっとうに生きていない
私ひとりが浴びるのは
もったいないような桜吹雪。
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あら!?
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またまた奇妙な遊具。
いろんな
ストレッチなんかをするものらしい。



この遊歩道は
今までに細切れで訪問しています。
全コース通しで
歩く気になったのは初めてです。

先日!見かけたふしぎな(失礼!)商店。
そのときには某お大尽と同道していたので
通り過ぎましたが。

ああ!ここ「こまめ商店」!
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おはぎ屋さん?!
パン屋さん!?
おはぎのパン?!

どうでもいいけど!
この自転車の客(おばはん)は
堂々と狭い入り口の前に停めましたね!

こんな人には
道徳を口で教えても!まず無理でしょう。
ぶんなぐってしつけなければ!
「体罰はんた~い!」の世!はんた~い。

おはぎは売り切れなのか!ありませんでした。
あんこの入ったパンと
あんことクリームのはさんだパンを
買いました。各税込み 120 円。
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リュックに入れて歩いたら変形しましたが。

ん!?
もしかして
「こまめ商店」の「こまめ」は
「小豆」のことでしょうか。



電車が越えて行きます。
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阪神・なんば線かな。

大野川緑陰道路は鉄道や道路とは
全部!立体交差しています。
直接ぶつかるところはありません。
もともと川だったのですからね。

完全に埋め立てられているのでしょうか。
暗渠(あんきょ)になって
流れているのでしょうか。

阪神・なんば線を越えてからは
歩行者道と自転車道は
各 1 レーンになりました。

松がたくさん現れてきました。
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終点です。
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全長 3.8km とかいいますが
65 分かかっています。
体!不調です。



横の道にかけあがると!
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淀川!几帳面にいえば新淀川ですね。
こちらは右岸。
もう少しで大阪湾でしょうか!?
堤防をくだります。

すごいですねぇ!
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コンクリートでかためた護岸工事を
していないじゃないですか。

逆光なので振り返って見る西島水門。
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荒磯風ですが
コンクリート製の消波ブロックなんかは
使っているんですね。

「潮だまり」をたくさん造っています。
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ん!?
逆光の中!にゃんこがきました。

私はあんパンを食べたので
残っていたおにぎり(ツナマヨ)を
海苔を取ってあげましょう。

喜びませんね。
ま!ゆっくり考えてからお食べなさい。

堤防を 30 分ばかり歩けば「果て」に着きました。
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ここから先は大阪湾でしょうか。

広い芝生の丘。
矢倉緑地というらしい。
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丘の上のしゃれた建てものは
トイレでした。



引き返せば
にゃんこもおにぎりも消えていました。

そのあたりに海鳥のらしい糞がいくつか。
おにぎりは鳥が食べたのでしょう。

しばらく歩いていたら
キャットフードをもらっている
にゃんこたちに遭遇。
焼き鳥みたいなものももらっていました。
これでは
おにぎり!食べませんよね。
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