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六甲山で七草粥 [草のゆかり]

「七種(ななくさ)や
「唱哥(しようが)ふくめる 口のうち

芭蕉の弟子の北枝の句。
(「哥」は「歌」でしょうね)

七草をたたいたり切ったりしているのです。
たぶん若い娘か新妻でしょう。

恥ずかしいのです。
小さな声で
「唐土の鳥が」とかなんとか
歌っているのです。
かわゆいのぉ!

大声で歌うのは
おばちゃんとなって久しい主婦か
恥を糧として生きるすれた女です!知らんけど。

七草を切るときに歌う歌は
各地で違っているようですが
たいていどこかに
「唐土の鳥」の文句が入っているような。

あ!
「春の七くさ」は
たぶん「春の七種」と書かないと
入学試験のときなんかには
点をもらえないのかも知れませんが
人生の落第生の私には読みにくいので
テキトーに書いています!すみません。



立春が過ぎたので!たぶん春がきたのです。

でもね!立春を新暦の日に認定したら
新暦の正月と旧暦の正月は
前後にはるか離れているのですがね。
どちらにもつきかねるのですが。

まぁ!考えますまい!疲れるから。

春は摘み草!七草粥?!
七草をたたいたり切ったりしました。
blog81.jpg

みんなで大声を出して歌いましたね。
みなさん!あばずれ女か
くたびれたじいさんでしょうか。(失礼!)

六甲山山中の
神戸市立森林植物園に春がきたのです。
blog82.jpg

イベントが増えてはなやいできますね。



「摘み草」は万葉集にも散見しますよね。
なごんちゃん(清少納言)も
「新春の粥」を書き残しています。

かなり昔から日本にある行事。
6 世紀の梁の荊楚歳時記に
影響されているのでしょうか。

それには
「正月七日を人日と為す
とあり
この日はすることが多く!
忙しいようです。

その中のひとつに
「七種の菜を以て
「羹(あつもの)を為(つく)る
と宗懍は書き残していますね。

揚子江沿岸から
華南あたりの風習だったのかも。
もっともその周辺は
日本よりかなり温暖でしょうか。

もうかの地を訪ねても
毛沢東がかき回して
中華人民共和国が席巻して
大金持ちになっている人はなって
礼を忘れかけている現代では
七草がなにか!なんの草だったのか
だれも知る由もないでしょうね。



日本の「七草」の菜は各地でさまざまです。

一般的には
せり!なずな!
おぎょう!はこべら!ほとけのざ!
すずな!すずしろ!これぞ七草
と短歌のように調子よく並べられていますが
そこまで単語は特定しているようでも
それが実際の植物のどれか
比定は時代により人により違いますね。

現代の標準語の NHK TV的解釈によれば
「せり」はセリ(芹)!
「なずな」はナズナ(撫菜)!
私たちが
実が三味線のバチに似ているので
ペンペングサと呼んでいたもの。

「おぎょう」はハハコグサ!
「はこべら」はハコベ!
「すずな」はカブラ(蕪)!
「すずしろ」はダイコン(大根)!

問題は「ほとけのざ」!
私の近隣の大阪市の店頭では
みな!葉に毛があって
硬くてごわごわした
サンガイグサともいわれる
おいしくないホトケノザが並びます。

出荷元の農協にいったことがあります。
間違いではないのかと。

「江戸時代の大学者の小野蘭山や
「貝原益軒がそういっている
「ゆめゆめ疑うことなかれ
とのご回答でしたが。

牧野富太郎はかれらが間違っている!
「ほとけのざ」は
コオニタビラコだと断定しています。

ま!こちらのほうがおいしい!
私の舌にも。



ここのスタッフはエラいですね!

コオニタビラコを段取りしています。
blog83.jpg

大昔には冬枯れの田んぼに
フツーにあったような。
ところがないんですよね!最近。
ハイキングのときなんかに
気にしているんですが。
そもそも雑草豊かな田んぼも少ない。

きざみました。
blog84.jpg

羽釜に入れます。
blog85.jpg

ほとんど!お手伝いしていないので
しおらしく最後にもらってきました。
blog86.jpg

すずな(蕪)と
すずしろ(大根)ばかりですが。はは。

辺見金三郎は
「すずな」はノビル(野蒜)!
「すずしろ」は
ヨメナ(嫁菜)という説ですね。

その考察はさておいて
その組み合わせもおいしいでしょうね。

熱い!
漬けものをのせていただくと
ちょうどよろしい。
blog87.jpg

森林植物園はまだまだ冬です。
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(宗懍著/荊楚歳時記/守屋美都雄訳注/)
(牧野富太郎著/植物記/)
(辺見金三郎著/食べられる野草/)参照
(敬称略)
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枯野の歌 メタセコイアの幻 [草のゆかり]

とりたてて思惑はないのですが
この秋から冬に
メタセコイアばかり見上げていたような。
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樹高があります。

放任しておいても
円錐形にまとまり
どこまで伸びても
樹形を崩さないのがいいですね。

どこまでといっても
どこまで伸びるのでしょう。

針葉樹なのに
秋には紅葉して落葉します。



ふと!思い出しました。

古事記の仁徳天皇のところに
「枯野(からの)の歌」があります。

「枯野(からの)を塩に焼き
「其(し)があまり琴に作り
「かき弾(ひ)くや由良の門(と)の
「門中(となか)の海石(いくり)に
「振れ立つ漬(なず)の木のさやさや

枯野(からの)を燃やして
塩焼きをしたようです。
塩がたくさん焼けたので
諸国に下賜されました。
どうしても燃えなかった部分は
琴にしました。
その琴を弾くと
七つの里にまでひびいたそうな。

枯野(からの)の「から」は「軽」?!
「かろやか」!?
「からの」は高速船の名前ですね。
その時代ですので当然!木造船。
構造までは分かりませんが。

それが廃船になったときに
諸国に配る塩が焼けるほどの
たきぎが取れたという大きな船。

免寸河の西に 1 本の大木がありました。
朝日が射せば
木の影は淡路島に及び
夕日が当たれば
影が高安山に届いたほどの大木。

「免寸河」を
なんと読むのか分かりませんが
「とのきがわ」と読めば
大阪府高石市あたり。
地図上で高安山と高石市を結べば
その延長には淡路島がありますが。

もっとも淡路島は広大な島なので
免寸河の比定が少々ずれても
淡路島のどこかには届きますけどね。

その大木で高速船を建造したのですね。



どこまでホントーのことやら。

日本書紀にも
まったくおなじ歌がのっています。
枯野のいわれは違いますけどね。

それが!なんと!
1 代前の
応神天皇の時代のはなしとして!です。

でたらめですか?!
記・紀はいいかげんなことばかり!?

しかし浅知恵で思うのです!
9 割でたらめでも
あの共通の歌は
ホンモノ(!)かも知れないと。

どこかに大木があったのかも。
あったのならどんな木だったのやら。

真っ先にスギ(杉)が思い浮かびますが。

たわむれに
古事記をコミック化した人の
想像図を見ると
針葉樹ですが
マツ(松)ではないですね。
スギ(杉)とかモミ(樅)とか
コウヤマキ(高野槇)とかに見えますが。

私のイメージとほぼおなじです。



その木が
メタセコイアだったら面白いですね。
blog2.jpg

メタセコイア(またはその近縁種)は
日本では太古の昔に絶滅していて
化石しか
残っていないといわれていますが。

古事記の編集の時代に!
それとも古事記の時代に記憶が
残っていたかも知れない
その数百年前まで
樹高 100m を越えるメタセコイアが
立っていたのでは!?
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立っている幻が見えます。



(古典コミックス 古事記/主婦と生活社/)
(古事記・日本書紀/福永武彦訳/)参照
(敬称略)
タグ:古事記
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大阪城公園の黄葉 [草のゆかり]

「十月(かむなづき)
「時雨(しぐれ)に逢へる もみち葉の
「吹かば散りなむ 風のまにまに

万葉集(1590)の
「もみじ(もみち)」の歌。

万葉集では
「もみじ」はどんな色でしたやら。
白文で見てみますか。

「十月
「鍾禮爾相有 黄葉乃
「吹者将落 風之隋

「黄葉」を「もみじ」と読んでいますね。

大阪城公園。
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公孫樹(いちょう)が色づいています。
blog82.jpg

市民の森の周囲です。
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これが
万葉集の「もみじ」の色でしょうか。
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そもそも「もみじ」の
「もみ」とは「紅絹」
ベニバナ(紅花)を
「もんで」作る色だから「もみ」!
赤色じゃないんですか?!

ま!ベニバナの花だけ見れば
橙黄色かも知れませんが
それは「葉」じゃないですから。

ん?!
無学ゆえのささやかな疑問ですが
万葉のころ
ベニバナが渡来していたのでしょうか。

あら!?

「もみち葉は
「今はうつろふ 吾妹子(わぎもこ)が
「待たむといひし 時の經(へ)ゆけば

あの人が待っているわといっていた
ときが過ぎます。
もみじが散ります。

そんな寂しい意味はともかく
白文を見ると

「毛美知婆波
「伊麻波宇都呂布 和伎毛故我
「麻多牟等伊比之 等伎能倍由氣婆 (3713)

「もみち」は「毛美知」表記ですね。

「黄葉」と「毛美知」はおなじもの?!

園内の桜やメタセコイアは
「紅葉」になっています。
blog85.jpg

いつから「もみじ」は
主に「紅葉」となったんでしょう。

たしか白居易の詩に

「林間に酒を煖めむと紅葉をたく

なんてあると聞いたことがありますが。

「林間煖酒焼紅葉

かな。

この「紅葉」を
「もみじ」と読んでいいのかどうか
知りませんが。

「醒睡笑」に

「お茶をもみぢにたてよ

と!院主が小姓にいっています。

「もみぢ」の別のいい方は「こうよう」
お坊さまは
「こうよう」にたてるように
シャレていったのですね。

「こうよう」は関西のことばづかいで
「濃くよく」の音便かも。

その「こうよう」
「黄葉」か「紅葉」か!
お茶の葉によっては
どちらの色にもなりますけどね。

大阪城公園には
黄葉がたくさんありますが。
blog86.jpg

でも寒くなったので帰ります。
blog87.jpg

「めづらしと
「わが思(も)ふ君は 秋山の
「初黄葉(はつもみちは)に
「似てこそありけれ

万葉集(1584)の恋の歌。
いつの時代も恋はいいものですね。



(安楽庵策伝著/醒睡笑/鈴木棠三校注/)
(白文及び新訓 万葉集/佐佐木信綱編/)参照
(敬称略)
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片葉の葦 れんげ草のランチ [草のゆかり]

仕事に疲れて!
ま!それはないですが
勉強に疲れて!
ま!それもないですが
だらだらと過ごして
恋もしないのに疲れて前の庭に出れば
季節は確実に通り過ぎています。

庭といってもよその庭
桃ケ池公園ですが。

夏の終わりに草刈りをしていましたが
もうアシ(葦)の芽がいっぱい。
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「なにわの片葉の葦(ヨシと読むそうな)」!
だそうな。

ははは。

笑ってはいけません。
本気で植えたのでしょう。
どこからか苗をもらってきて。

まったく片葉に!
つまり茎の片方にばかりに
葉が出ることはないですね。
みんな互い違いに両方へ出ています。

刈り取る前もフツーのアシでした。
新しく出る茎に期待したのでしょうか。



「片葉の葦」は全国にあり
たくさんの伝説が残っています。

恐いはなしやありがたいことや
弘法や親鸞や旅のエラいお坊さんやらが
関わっていたり。

でも!すでに江戸時代には
水か風のせいだという
科学的に考えた人もいたそうな。

結論は出ているでしょう。

風のせいです。

強い風に吹かれつづけるような場所に
アシを植えたら
葉は片側に寄るのだそうな。

高山の尾根で一方からの風のため
樹木が片側しか
枝を張れないのとおなじです。

種類でも形質遺伝でも
僧侶や魔もののせいでもなく
風のせい!

だから!ここではダメなんです。
いくら!片葉のアシ(?)の
苗をもらってきても。

苗はフツーのアシでいいのです。
風の一方的な通り道に植えれば。

だれか教えてあげてください。



公園にはフツー(!)に植栽した
アシもあります。
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穂が出るころですね。

アシの原!アシの家!
アシというとわびしいニュアンス。


 野蘆編作室
  やろをあみて しつをつくり

 青蔓與為門
  せいまん ために もんとなる


宋の梅堯臣(1002 ~ 1060)の
「岸貧」という詩の一節。

アシの家
つる草の門ですか!貧しい家は。

もうすぐこんな家に住めるかも。
住まざるをえなくなるのかも。
それも因縁(いんねん)!自業自得。



そう!アシの穂の出るころ
「蒸し料理」を
食べましたね。(拙ブログ 2013/10/10

行ってみます。

高い電車賃を使って
遠くの山や街をあてもなく彷徨していますが
案外!近隣の情報には接していません。

ひんぱんに
安売りスーパーには行っていますが
いつもおなじ経路を走っているだけです。

ああ!ここですね。
地下鉄・谷町線の田辺駅近くの
「和のせいろ蒸し 俵や」だったのですが。
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ん?!
たたずまいは変わってはないようですが
屋号が変わっていました。
「れんげ草」という可愛い名前に。

居酒屋になっています。
きれいなおね~さんがふたりいました。

お昼どきには
日替わりの定食があるんですね。
blog34.jpg

600 円(税込)。

こんな家庭料理がおいしい季節です。



ということは!
心がだいぶ病んでいますね!私は。



(梅堯臣/筧文生訳注/参照)
(敬称略)
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田一枚 植えました [草のゆかり]

梅雨入りしたというのに
雨が降りませんね。
今年は後日
梅雨入りの日を変更して
記録を残すんでしょうかね。

田植えに行きます。

長居自然史博物館(大阪市東住吉区)の
バックヤード!
といえば聞こえがよろしいが
雑木の中
雑然とした非公開のところ。

田んぼ(!)は 1 辺が 3m ばかり。
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日照りで水が少ないのに
ウキクサが繁茂していて
なにか違うものの畑のようです。

主にファミリーが集まっています。
自然史博物館友の会の行事です。
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会員ではないので遠くで見ていると
ここは蚊(か)の巣窟!
たちまち数十匹(推定!)に包囲されます。

みなさん!
虫よけのスプレー等持参の用意周到。
それでもたくさん食われて大騒ぎ。

私は無防備のままですが
日向にいたら刺されませんでしたが。



早乙女(!)たちも悪戦苦闘。
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小さな長靴なんて役に立ちませんね。
「もう捨てる靴!はいてきたもん」という
賢明な(!)園児もいます。

「早乙女や 箸にからまる 草の花」

なんて一茶の七番日記にありましたが
どういう意味なんでしょうね。

「早乙女や 箸にからまる 草の露」
「早乙女や 箸にからまる 筑波哉」とか
推敲(?)しているようですが。



「植えませんか」

「いえ!いえ!見ています。

植えたくはありません。
私は!結構「手植え」は速いんです。

都会のセンスが
隠してもこぼれ落ちているのに
(自分が思っているだけかな)
「すげ~!田舎もん」と思われるでしょ。

なんか深植えのような。
blog34.jpg

苗がせいぜい 15cm ばかり!
小さいからですね。
機械植えならこんな長さかもしれませんが。
先日(拙ブログ 2017/06/15
住吉大社で見た苗の1/3くらい。

ともかく田 1 枚(?)植えてしまいました。

「田一枚 植て立去る 柳かな」

芭蕉の句。
これも意味がよく分かりません。

柳に見とれていたら
田んぼ一枚!田植えが終わって
早乙女たちがいなくなった、、、というのなら
間抜けな句?!

勤労しなさい。

あ!そのことば!
そっくり私に返ってきそうですが。



横に水たまりもあります。
blog35.jpg

ビオトープになっているのでしょうか。
トンボがたくさん飛来しています。

エサが豊富で産卵場所にもなるからかも。

しかし!生まれたヤゴは
なにを食べて育つのでしょう。
肉食のはずですけどね。

いつか!
わが家の水槽で(拙ブログ 2015/08/10
イトトンボが羽化して行きましたが
強いてなにも
エサとして入れてやらなかったのですが。

自然の摂理はうまくできているのでしょうね。



そんな間抜けな午後。

芭蕉なら
柳を見ていても句が生まれるのに
阿呆は
なんの収穫もありません。

余った苗を数本もらってきました。
ペットボトルに植えてみました。
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黒米だそうな。

わが家の「田一枚」ですね。はは。

田一枚 植えて雀の 親子かな  ほっ
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