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住吉大社のアイガモ くぷるの蓮根バーグ [手のひらを太陽に]

住吉大社(大阪市住吉区)の
御神田(おんだ)です。
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田植えが終わっています。
ドジョウが大きくなる季節。

わが家のビョーキで口が変形していた
ドジョウが(拙ブログ 2018/06/20
死にました。
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10cm ほど。
2 年前にいっしょにやってきた連中は
15cm は越えていますから
あんまり食べていなかったのですね。

死ぬ数時間前に
水面近くの水草の上にとまっていたので
指でタッチしてみたら
とても俊敏に動いたのですが。

田んぼのドジョウなら
捕食するものが多いので
わが家のドジョウのように
長生きはできないかも。

あれ!?
ドジョウやら虫やら捕っている
アイガモがいませんね。



石舞台の前に 1 羽いました。
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足元を横切って行くものも。
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石舞台の下の池で
大勢バシャバシャしています。
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まだみんな境内にいますね。

もしかして
まだ稲が小さいので
田んぼに入れてもらえないのかな。

田んぼで大きなカモが土をかくと
苗が浮いてしまうので。



反橋(そりばし)の影がありません。
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強風でさざなみが立っているだけですが
なんとなく力が湧かないので
阪堺電車の路面軌道をたどって
北へ帰ります。

「ランチ」ののぼりがあります。
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「ごはんや くぷる」(大阪市住吉区)ですか。
「くぷる」?!
どこの国の料理でしょうか。

750 円(税込)ならなんとかなりそう。
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「れんこん入り海鮮ハンバーグ」をもらいます。
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日本の「ごはん」でした。はは。
蓮根の食感がいいですね。
海鮮!?
その味は分かりませんが!おいしい。
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土御門天皇 御陵道 [町道!街道!眠り未だ足らず]

阪急・長岡天神駅前。
「阪急そば」があります。

数日前に!突然!このブログの
大昔の記事(拙ブログ 2010/10/14)に
アクセスがいくつもあり驚きましたが。
それは
「黄そば(大阪弁で“ きぃそば ”)のことを
書いていたのですが。

そんなそばが
どこかのメディアに取りあげられたからかも。

「阪急そば」の「和風中華そば」も
その範ちゅうに入ると決めつけていて
よかったのかどうか。

今一度食べてみますか。

いや!遠くにきたのなら
その土地の特色のあるものを食べたい。



「阪急そば」の向かいの
「お食事処 わかたけ」に
「しなちくいっぱい」という
和風ラーメンなるものがありました。
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長岡京市は「筍(たけのこ)」で有名。
それも日本一丁寧に栽培されている
高級品の生産地。

その筍で作られている(のかどうか?)
「しなちく」がいっぱいのラーメン。
食指が動いたのですが。

「シナチク」!?
漢字で書けば「支那竹」?!
(「支那」が差別用語ならごめんなさい)
ことばを替えれば「メンマ」!?
漢字で書けば「麺麻」ですかね。

「麻」!?
「麻竹」ですね!原材料は。
「麻竹」の大きな筍を発酵させて作る
画像を見たことがあるような。

ここは「孟宗竹」の里。
「シナチク」はここでは作れませんか。
急に気が変わり
「本日のサービス」定食を。
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かき揚げとお好み焼き風のたまご焼き?!
全然!最初の土地のものを食べるという
趣向は消えましたね。
量的にはどうかと思いますが
650 円(税込)ならあきらめましょう。



南へひと駅歩いて
探検(?)してから帰ります。

長岡天満宮の横の八条ケ池。
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筍料理で有名な
錦水亭が浮かんで(!)でいます。
筍のない季節はどうするのでしょうか。
ま!行くあてもないので
心配はいりませんね。

丹波街道ですか。
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左に分岐。
あ!いや!今歩いている道が
丹波街道のはずですよね。

右に「御陵道」が分岐しています。
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いにしえに京(みやこ)もあった里なので
「柳谷道」とか「西国街道」とか
「奥海印寺通り」とか
由緒のありそうな道がいくつも交錯しています。

「ガラシャ通り」とか
「サントリー通り」とかは
最近の命名でしょうけど。



「御陵道」をたどります。

たぶん!近代に拡幅したのでしょう。
幅員のある!
それゆえ情緒もなにもない道がつづきます。

「いちじく」です。
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菜園のように低い!
こんな可愛い種類ですか。
こんな仕立て方ですか。
まだ樹齢がないのでしょうか。

土蔵を改造したウインドウ?!
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京都縦貫自動車道をくぐります。
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道がよ過ぎて
なんだか不安になりますが
ときどき道標に遭遇します。
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御陵に着きました。

参道脇は庶民の住居です。
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土御門(つちみかど)天皇(1195 ~ 1232)の
金原陵でした。
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手元の年表と天皇家系譜を見ると
4 歳のとき即位しています。

源頼朝やら後鳥羽上皇やら
策士がからみあい
大変な時代に生きていたのですね。

37 歳で崩御。
名のある英雄の影で存在の薄そうな人生なのに
現在まで参道に名が残っているんですね。

しかし!配偶者は多い。
10 名を越えています。
子女は 20 名あまり。
この分野ではご活躍です。



あれ!?
稲田の向こうの丸い柿の木!
見覚えがあります。
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御陵道から分かれて
柳谷道に出られる細道の向こう。
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この風景にしばし足を止めていました。
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通り過ぎて
墓場にあげてもらいふり返ります。

夏ですね。
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酒楽活菜 一歩のワンコインランチ [昼定食]

梅雨です。
天気が悪い。
悪くても出かけます。

愛車(自転車ですが)の前かごのカバー!
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大穴が開いています。
百円ショップで買ってから
いくらも日が経っていないのに。

だれだぁ!?
ぶつけるか!たたいたのは!
自転車をころがしたのかも。

カメムシが 1 匹いますが。
キミがかじったのかね?!

雨靴がないので
桐の(模様がプリントされた)下駄を
素足で引っかけて傘をさして行きます。
道路交通法に
抵触しているのかどうか知りませんが。



「どこへ?」

陰気な日に
陰気な顔の居酒屋のおじさん。
あ!この人と知り合いでも
親しくも!なんでもないですよ!

「仕事ですよ。

「そんなカッコで仕事はないやろ?」

「ほっといてよ。
「わ!

下駄の歯の間にペタルがはさまって
抜けず!
ころびました。

お~!いて~!

晴れた日にはそんなこと!
はさみたくてもはさめないのに!
下駄が濡れていて
どうにかなったのでしょう。

しかし!陰気なおじさんが
声をかけるからこうなったような。

「冷蔵庫を運ぶの!手伝ってよ」

「S子ちゃんの家の?

「な!なんで知ってんの!?」
「友だち皆無のあんたが!」

「ほっといてよ!

友だちはいませんが
この街の色恋沙汰を
ご注進するのが趣味(?)の人が
少なからずいるのです。

特にあなたは隠す術(すべ)が幼稚で
すぐバレていますよ。



鉛筆より重いものを持ったことがない身で
無理して踏ん張って運んだら!
下駄の縁が欠けたじゃないの!

それで!なんの報酬もなし!
人間!どこで損するか
分かったもんじゃないですね。

ランチくらいおごれよ!
嚢中はすこぶる陰気で
ランチする余裕はないのに。

まぁ 1、2 食!
いざというときには一両日抜いても
涼しい顔で十分生きて行けるくらい
ハラまわりにたくわえがありますぞ。

あびこ筋の長居公園の南あたり。
ランチ!?
ワンコインがたくさんあるじゃないですか。
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「酒楽活菜 一歩」(大阪市住吉区)ですか。
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居酒屋でしょうか。
ん?!
ここには以前に安価なランチがある
店舗があったような。(拙ブログ2009/11/05
屋号を変えたのか
経営者が替わったのか知りませんが。

財布の底をはたいて
偵察(?)しますか。

様子が分からないのと
行儀がいいのでなんでも!
およそ人が食べられるものは
なんでも食べられるので
「日替わり定食」を。
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この日は「カツオのたたき」!
というより「刺し身」でした。

あ!
「酒楽活菜」をどう読むのか
聞くのを忘れました。



雨で人の少ない長居公園で
散財(?)した反省。
遅いですけどね。

このあたりに
数年前に落雷事故(2012/08/18)で
亡くなった人の慰霊碑が
私設でありましたが。
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そんなことを思い出させないように
市はかたづけてしまいましたね。

コンサートにはるばるやってきた女性たちは
なんだか死に損のような。
主催者は責任をとらなかったような。

悪人たちの金儲けや
間抜けな人の色恋沙汰に
近づくもんじゃありませんね。

現代には水戸黄門も
必殺仕事人もいません。
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うっとうしい舞洲 あじさいの咲くころ [わが街・大阪ブギウギ]

夢舞大橋です。
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たぶん「ゆめまいおおはし」と読むのでしょう。
人工島の夢洲(ゆめしま)と
舞洲(まいしま)を結んでいます。

たぶん住民登録ゼロの島ばかり!
経済活動はなきに等しい!
島といい!橋といい!
壮大な税金無駄づかいの遺物!

朽ちて落ちるのを待つだけでしょうか。

この橋!うまく行けば(?)動くのです。
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「いざというとき」には
大型船が航行できるように橋が回転のはず!
ときどき動くかどうか試しているようですが
うまく作動できないときもあるようです。

「いざというとき」が
あるのかどうか知りませんが
高い建設費や維持費をつかって
不確かなことをしているより
いざというときには
ダイナマイトで破壊する手もあるのでは。

市民をだまして遊んだ
政治屋(政治家にあらず)やら
行政の役人どもに反省の色はないようです。

死刑!

死刑はイケませんかね。
といって!その下の無期懲役なんて
屁のようです。
あまりのも乖離(かいり)していませんか。

私の感覚で刑の重さをいえば
死刑が 100 なら無期懲役は 10 くらい。
他の懲役は 1 か 2 くらい。

その間に
重労働 1,000 年までの刑罰を作りませんか。
悪い役人どもには
重労働 300 年くらいは科さねばなりませぬ。



以前は駆動部の上まで行けたはずなんですが
歩道はあるもののまったくの通行禁止。
いよいよなんのための税金橋やら。

舞洲の縁を歩きます。
シーサイドプロムナードと命名されている
500m ほどつづく板敷きのデッキ。
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進めば板がシーソーのようにパコパコ。
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まともに歩けません。

留め金がみんなはずれています。
板もボルトもなにもかも腐っていて
よいこは歩いてはあきまへん。

噴水池に噴水はありません。
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樹木が育ってきてはいますが。
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このまま自然にまかせていたほうがいいかも。



噴水池にそそぐ下の池を通り過ぎ
さらに上流の上の池。
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ぽつりぽつりと
青いガクアジサイが咲いています。
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わあっと咲いているのもいいですが
こんな植栽もきれいかも。

わあっと咲いています。
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ホテル・ロッジ舞洲の
「あじさい展2018」
(2018/06/01 ~ 07/01)開催中。

1,500 株ばかりあるそうですが。

「ハートのあじさい」だそうですが。
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よく分かりません。

ん!?
ここ!昨年もだれかときたような。
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このホテルで
バイキングを食べたような!割り勘で。
ま!思い出さないほうが平和かも。はは。



新夕陽ケ丘に上ります。
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「ちぎりあれば 難波の里に やどりきて
「なみのいりひを 拝みつるかな

藤原家隆(1158 ~ 1237)が
日想観を会得すべく
四阿(あずまや)で隠棲して詠んだ歌。

ま!おおよそこんな歌。
今!古今著聞集が手元にないので!
無責任ですみません。

大阪市を背骨のように南北に走る上町台地。
その四天王寺の西あたりに
四阿を建てていたんですね。

四阿のあった丘が
「夕陽丘(or 夕陽岡)」といわれています。

その当時!眼下にあった海は
今は見えません。

海がどんどん西に行っています。
埋め立てです。
自然破壊しています。

神を恐れぬ欲望の果てに
「新夕陽ケ丘」が造られています。

ながめはよくありません。
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梅雨空のせいばかりでもないような。
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ヤマユリとササユリ 神武天皇は寝た [いわなが姫の丑の刻参り]

先日「大阪 舞洲(まいしま)ゆり園」で
たくさんのユリの花を
楽しみました。(拙ブログ 2018/06/22

そのとき
古事記の「さい」を思い出したのですが。

そもそもは神武天皇が
伊須気余理比売(いすけよりひめ)と
生殖活動を行ったのですね。

あのね!私がいうと
誇張した卑猥(ひわい)ばなしと思われ
しばしばひんしゅくを買いますが。

「一夜宿った。(安本美典訳)

「一夜ともに寝た。(福永武彦訳)

ね!
私のことばのほうが学術的(?)でしょ。

その伊須気余理比売の家が
狭井川(さいがわ)のほとりにあったのです。

「さい(佐葦)」がいっぱい咲いていたので
「さいがわ」ですって。

じゃ!「佐葦」と書けばいいのに
「狭井」とはこれいかに?!

それはまた別の機会に考えるとして
「さい」は

「山百合」(安本美典訳)

「山百合草(やまゆりぐさ)」(福永武彦訳)

だそうな。

ちなみに
「主婦と生活社/古典コミックス・古事記」では
たしかに「ヤマユリ」の絵が描かれています。



その神武帝の「現場」に行きます。

あれ?!カギがかかっています。
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奈良県桜井市の
大神(おおみわ)神社の「ささゆり園」ですが。

あ!?
「6 月中旬」までとなっています。
「6 月中」かと思っていました。

フェンスの間からのぞきます。
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イノシシに球根を食べられないように
フェンスで囲っているのですね。

やはり!花の季節は過ぎています。



大神神社の摂社の狭井神社に行ってみます。
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「狭井(さい)」がついていますが
ユリのはなしはありませんね。

大美和の杜展望台に上ります。
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大鳥居の向こうに耳成山か
畝傍山かが見えます。

反対側には
大神神社の神体山(しんたいさん)の三輪山。
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大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が
鎮まる山ですね。

唐突ですが
美人が厠(かわや)で用を足していたのです。
「かわや」はことば通り
「川」の上に造られている「屋」だそうな。

大物主は矢に化けて上流から流れて下り
かの女の陰部を刺したのです。

それで生まれたのが
伊須気余理比売(いすけよりひめ)でした。

その川は狭井川ではありません。
三島(今の大阪府の北部)にあった川だそうな。

その摂津の三島生まれのかの女が
成人して大和の桜井に住んでいたのはなぜか!
なんて!たとえば授業中なんかに質問すれば
答えられないセンセーに
嫌われますからやめましょう。

ま!ほと(陰部)を刺すはなしが
授業にあるのかどうかは知りませんが
ともかく歴史があるのです。



大美和の杜展望台と
大神神社末社の
久延彦(くえひこ)神社の間にも
「ささゆり園」がありました。
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ここも季節は過ぎていますが
ここには花がいくつかは残っています。
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ああ!ササユリですね。
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ん!?
ヤマユリを見にきたのでは?!

ササユリは白とかピンクが強いとか
変異は多いかも知れませんが
ヤマユリとは違うような。

それは近代の学問上のことで
山に咲くユリはみな
ヤマユリと呼んでいたのかも。



「ささゆり園」を下って行けば
小さな川がありました。
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狭井神社のほうから流れてきているので
「さいがわ」でしょうか。
とてもユリが群れ咲いていたり
恋人たちが命の火を燃やすような
ロマンが感じられませんが。

神饌田(しんせんでん)が見えます。
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この川の水を利用しているのか
しろかきが終わっています。

御田植祭(2018/06/25)ですか。
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早乙女ばかりでしょうか。
男性も混じっているような。

ちょろちょろとあらぬ方向で動く
自称カメラマンが叱られていましたが。

私もこんなところからのぞいて
すみません。

妙にかしこまって神事を催行していますが
古事記の昔にさかのぼれば
神も天皇も
おおらかに「性」を「人生」を
享受していたような!
といえば!不謹慎と怒られますか。

すみません。



(敬称略)
タグ:古事記
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