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レモンサワーフェスティバル 堀江の今は昔 [わが街・大阪ブギウギ]

道頓堀川の深里橋(ふかりばし)の右岸に
加賀藩蔵屋敷があったそうな。
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加賀藩蔵屋敷は
淀屋橋近くにあったという説も。
たぶん!両方にあったのでは。

その跡地に明治の初め
議会議事堂が建設されたとか。
その後!日本倉庫!さらに住友倉庫と
倉庫群が並んでいたといいますが
もう!商業施設ばかり。

下流の吊り橋
浮庭橋(うきにわばし)で休憩。
blog52浮庭橋.jpg

管理経費を惜しまず草木を植えています。

左岸で
「レモンサワーフェスティバル」
「2018 in 大阪」(2018/05/10・11・12)を
催行しています。
blog53サワー.jpg

なんばHatch(湊町リバープレイス)の
階段を上がり見降ろせば
8 つのブースが見えます。
blog54サワー.jpg

ところで「サワー」とはなんですか。
「チューハイ」とどう違うのですか。

バイトらしい若ものに尋ねると
「ほとんどおなじです」
ほとんどねぇ?!

レシピ上はほとんど違いがないのかな。



でも「ほとんど」がくせもの?!

大昔!
小汚い(という人も 7 人はいた)酒場で
変態ぎみの酔客ばかりが
実のない議論していましたね。

「サワーは江戸のことば!」
「チューハイは浪速弁!」という説。

俵万智の江戸弁かヒョーズン語かの短歌。

「嫁さんになれよだなんて
「カンチューハイ
「二本で言ってしまっていいの

チューハイといっているじゃないの。

「ベースの蒸留酒が違うのじゃないの」
「焼酎のときのみチューハイでは」

ウオッカベースでもチューハイらしいけど。

「サワーは酸味のあることでは」
「柑橘類の果汁や」
「いろんな酢を加えたものがサワー」
「酸っぱくないのがチューハイ」

レモン片を浮かべただけのものは
どう呼んだらいいの!?



出店のひとつ
「宝焼酎」に試飲がありました。
blog55サワー.jpg

このベースはたぶん焼酎。
ま!深くは考えますまい!空腹になるだけ。

せっかくですから
パクチーの入った
レモンサワーをもらいましょうか。

げ!
700 円!?
やめます。
貧乏人はあきらめだけが人生さ。



川に並行して下れば
西道頓堀橋の北。
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大阪電燈の西道頓堀発電所跡。
もっとも!それは明治時代のこと。
大正時代には
宇治川電気の道頓堀変電所があったそうな。
その変電所がなくなった後
レンガ造りの建てものは
倉庫に利用されていたとか。

今!見えるレンガ模様は
当時のものですか!?
そんな意匠にしているのですか。

北隣に難波神社の御旅所。
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難波神社といえば「氷室祭」で有名ですが
そのときここに神さまがきていたらしい。

行列一行は
ここで「かち割り氷」を食べていたとか。

もうこんなに小さな境内になって
行列はこなくなりました。

西の南堀江公園。
blog58.jpg

勧進相撲が行われた場所だといいますが。

長年!
相撲の興行は禁止されていたようです。
世の中が落ち着いた元禄 5 年(1692)
大坂ではこの地から再開されたとか。

なんの証拠も発見できませんけどね。



道頓堀川を渡って!左岸を歩いて
「レモンサワーフェスティバル」まで
帰りました。

留守をしたわずかの時間に
客が無茶苦茶増えていました。

道頓堀川を観光船がさかのぼっています。
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深里橋から見ている人はいませんね。

明治 36 年(1903)
深里橋から下の船(巡航船)にめがけて
大勢の人力車夫たちが石を投げたそうな。

巡査や憲兵をも巻き込んで大げんか。
多数のものが道頓堀に落ちたそうな。

巡航船に客を奪われた人力車夫の
持って行き場のない怒り。

すぐに市電に客が流れ
巡航船も人力車夫とおなじ末路に。

それでも
「病葉(わくらば)を 今日も浮かべて
「街の谷 川は流れる

きみ知るや!仲宗根美樹の唄を。



パクチーレモンサワーが飲めなかったので
75 円の缶の
「酎(チュー)ハイレモン」を。
blog60サワー.jpg

パクチーの代用は!?
わが家にはサンショウ(山椒)の葉と
ヨモギ(蓬)の葉しかありません。

ヨモギの葉が
ハーブの仲間かどうか知りませんが。
よいこはマネをしないように!
クセが強いですよ。



(敬称略)
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