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しかばね累々の里・精華町 [いわなが姫の丑の刻参り]

十三重石塔のある古刹(こさつ)があります。
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京都府精華町の来迎寺。

石塔の向こうに
「心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)」の
お千代・半兵衛夫婦とその子の墓がありました。

母が死ねば
おなかの赤ちゃんも死んでしまいます。
その子の墓もちゃんと建てたのですね。

「心中宵庚申」は享保 6 年(1721)
大坂の生国魂(いくたま)神社で起きた事件を
近松門左衛門(1653 ~ 1725)が
人形浄瑠璃に脚色したものですね。

ということは!近松晩年の作ですか。
でも!他の心中ものと
あまり変わり映えしないストーリィのような。

近松の作品は浄瑠璃では
2、3 度観たかも知れません。
他には
里中満智子のコミックで
読んだかも知れません。
それぐらいで生意気いってすみません。

いずれにしても教養のない私には
面白くもなんともない事由で死んでいますね。



「釈迦の池」というため池があります。
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陶芸家(芸術家)の
河井寛次郎(1890 ~ 1966)が
「魔法にかけられた」風景だそうな。

その当時と趣が違うのかも知れませんが
私にはなんにも感じない池ですが。
私は芸術家ではなく
ゲイじつ家!いや!ゲージツ家ですからね。

畑ノ前遺跡に着きましたが
土盛りがあるだけの公園ですね。
棚田!?
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棚田と書いてありますが
遺跡ですか。
オブジェですか。
水も得られないような棚田ですね。

精華大通りをゆるやかに上って行きます。
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大通りというだけあって
滑走路のような幅員のある道です。

精華町は古い里と聞いたような。
こんな京(みやこ)のメイン通りのような道も
歴史があるのでしょうか。



「けいはんな記念公園」に着きました。

有料の水景園をひとめぐり。(拙ブログ 2017/02/25
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「谷あい」に梅が咲いています。
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このあたりは無料です。

芝生広場を斜めに横断。
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あ!いいじゃないですか。
石垣の上に四阿(あずまや)があります。
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石垣にヘビや小動物が棲めそうです。



このあたりは工業地域ですか。
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あれ!?それとも住宅地域ですか。
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床面積の大きそうな住宅が
威風あたりを払うがごとし。

お金持ちの町かも。
日本の格差がますます広がっています。
広がっていると思うのは
奈落の底で
高い天を仰いでいる私だけでしょうけど。



おなかが空いたので帰りましょう。

稲植神社に手を合わせますか。
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大きな鎮守の森が残っていて
すてきじゃないですか。

田園地帯の中の大きな建てもの。
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精華町役場ですか。
じゃ!食堂の類はありますよね。
安い!ですよね!きっと。

ありました!
が!午後 1 時過ぎていたので営業終了!?
閑散として人がいないのでそんなもんですかね。

「せいかガーデンシティ」とかいう商業施設の
フードコートで
「牛すじカレーうどん」と「たこ焼き」のセット。
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600 円。
これ!カレーうどん?!
ちっともカレーの味がしないんですがね。



近鉄・新祝園(しんほうその)駅から乗車。
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日本語にうとい
おフランス人(フランス人にあらず)の
私にはなかなか読めない駅名です。
ちなみに
隣接のJRは「祝園(ほうその)」駅です。

「日本書紀」崇神天皇の条に
残酷な逸話がありました。

天皇に背いたという
武埴安彦(たけはにやすひこ)を
彦国茸(ひこくにひく)が射殺したのですね。
それであわてて逃げる武埴安彦軍を追いかけて
ばっさばっさと首を斬り落としたとか。

大将が死んだのですから
兵士を皆殺しにしなくてもいいようなものですが
記・紀にはあちらもこちらも
残酷この上のない歴史しかありませんね。

「屍(しかばね)があふれた」
「その地を羽振苑(はふりその)と名づけた」
とあります。

「はふり」とは
「放る」とか「ほうむる」とかいう意味?!
その「はふりその」が
「祝園(ほうその)」になったらしい。
漢字が逆の意味の字になっていませんか。

昔は祝園村と呼ばれていたらしい。
すごく古い里でしたね。



(宇治谷孟著/全現代語訳 日本書紀/参照)
(敬称略)
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