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幸村祭 霧吹きの松にイペの咲くころ [通天閣が見える]

真田幸村。
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「真田幸村戦死跡之碑」の前。
安居神社(大阪市天王寺区)です。
牛さんがいます。
安居天満宮と呼ぶ人も多いのですが。

幸村の慰霊の「幸村祭」が行われていました。
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慶長 20 年(1615)5 月 7 日
(現代の暦ではありません)
幸村はここで
49 年(推定)を一期としました。

慰霊には幸村ゆかりの地の
信州の上田の人もはるばるきていました。

信州からやってきた
真田幸村と書かれている
リンゴジュースをいただきます。
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「宿許筒(しゅくしゃづつ)」だとか。
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幸村考案の連発銃。

大坂夏の陣において
徳川家康の面前までせまったとき
この銃が火を吹かなかったのですね。

吹いていたら家康は戦死。
江戸時代はなかったかも。

ホンモノ!?
戦利品として
紀州徳川家が保存していたそうな。

演武等が奉納されていました。
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なぜか!ここの神社には
にゃんこのおみくじがあります。
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帰ろ。

牛さん!幸村!にゃんこ!
なんの脈絡もないようなのに
突然!涙が出てきてとまりません。

みんなのさだめが重い。
重いのは自分のさだめでしょうけど。
他のことを
案じている場合じゃないのですが。



安居神社の前の天王寺七坂のひとつ
逢坂の向こう側が一心寺。
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黄色い花が咲いています。

「イペ」ですね。
長居植物園では(拙ブログ 2019/04/30
コガネノウゼンと呼んでいますけどね。

イペの近くに「霧吹きの松」があります。
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ここで幸村は家康を追い詰めたのです。

そのとき
この松が霧を吹き!家康を隠し!
残念ながら宿許筒は不発!

この松はなん代目か知りませんが
枯れて株だけが残っています。
つぎの代の松が植えられていますが
なかなか大きくなりません。



他人の一生を追うのは辛い日。
ガラにもなく。

「一心寺喫茶 緑州」で休憩。
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テーブルとイスの高さが低く
穴倉感のある茶店です。

「かやくごはん」(税込み 500 円)を。
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たぶん!一心寺の経営。
墓参にきた老人の利用が多いのかな。
いっしょに出されたほうじ茶が心地いい。
少しだけ落ち着きました。
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