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谷上駅の実家でランチ [昼定食]

神戸電鉄の箕谷(みのたに)駅から
ゆるやかにくだったのですが。
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小雪が舞う中!立ち尽くします。

記憶が結びません。
こんな近代的なところでしたか。
今まで
なにを見ながら歩いていたのでしょう。

あの向こうの山裾に山田中学校を確認。
やっぱり箕谷ですね。

中学校の横に行くと
下谷上(しもたにがみ)農村歌舞伎舞台が
見えました。
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やれやれ。
過去なん度もきているのに
いつもこうですね。

記憶は細切ればかり。
方程式や定石は 3 歩歩けば忘れ
応用問題や危機管理にはまったくの無能です。
よく生きていられるものです。

舞台は古いものです。
天保 11 年(1840)の姿のままだとか。
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回り舞台やセリなど現代とおなじような
多数の舞台機能をもっているそうな。

神戸市北区の六甲山の北側には
10 を越える歌舞伎舞台が
今も残っていると聞きます。

実際の上演は 6 年ほど前に
上谷上(かみたにがみ)農村歌舞伎舞台で
見たことがありましたね。
拙ブログ 2013/04/22



下谷上農村歌舞伎舞台は
天彦根神社の境内にあります。
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小さな社ですが威厳があり
歴史を感じさせます。

六甲山の北には
谷が東西にえぐられていて
谷に沿って道が造られ
古くから集落がいくつもできていたようです。

断層とか洪水とか
災害の巣と思われるところが
人間の生活には便利なのでしょうね。

有馬温泉につづく有馬街道が
各地にありますが
この谷沿いの道!
県道 15 号線も
旧・有馬街道を拡幅したものでしょう。

深い谷です。
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谷を縫うように細道や車道を東に進めば
神戸電鉄と北神急行電鉄の
谷上駅が見えてきました。
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寒くて気力がなくなり
予定とは違いますが
もう帰りますか。



たしか!谷上駅の構内に
「北神餃子」なる店舗がありましたね。

私の近所の天王寺公園につづく地下街の
「あべちか」にある「北神ぎょうざ」には
入店したことが 2、3 度ありますが
こちらとはおなじ系列でしょうか。

改札からのぞくと!
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あれ!「北神餃子」じゃない!?

構内にいたおじさんに問います。

「ああ!昔!あったなぁ」

え?
今はないんですか。
別の店になっているのですか。

急におなかがすきました。

駅ビルの 1 階の
居酒屋みたいな店舗の前に
おあつらえ向きにランチの看板を発見。
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税込み 600 円!?
ごはんのお代わりができて?!

私向きですね!安価なところが。

屋号は「実家」!
「じっか」と読むのでしょうか。
経営者の本名かどうか知りませんが
印象に残りそうな命名です。

日替わり定食の
「鳥の唐揚げ定食」をもらいます。
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寒い日にはありがたく
みんな湯気が立っています。
それで画像はくもっています。

食べ始めたら正午になりました。
どどっと人が入ってくるようになり
人一倍!
気をつかえる性格の私は(ホントーです)
おなかがすいていたのですが
ごはんのお代わりはしないで
6 分で食べ終えて席を立ちました。

仕事は遅いけど
食べるのは早いのだ。
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暗峠 芭蕉最期の旅路 [みんなで歩けばこわくない]

元禄 7 年(1694)51 歳の松尾芭蕉は忙しい。
江戸を出て伊賀上野へ帰郷。
さらに大津!京!嵯峨へ。
ついで膳所!京!
そして盂蘭盆会(うらぼんえ)に
伊賀上野にもどります。

数ならぬ 身となおもいそ 玉祭り

そのとき!寿貞尼にささげた句らしい。
寿貞の記録はほとんどないそうですが
芭蕉よりは若い!妻のような女性らしい。
芭蕉の留守中に
江戸の芭蕉庵で死んだのですね。

「すごい!」

「感動しましたか。

「気まま(?)に放浪する芭蕉に」
「寿貞の死を知らせる手紙が届く」
「300 年前の日本はすごい!」

そちらですか。

秋 9 月 8 日!またわらじを履き奈良に一泊。
翌日!大坂へ向けて
ここ暗峠(くらがりとうげ)を越えました。

今日の月例の仮面(名乗らなくてもいい!)
寄せ集めハイキングは
芭蕉最期の旅路をしのびます。



竜田川を渡りのぼりにかかります。

車幅制限が 1.3m というせまい道ですが
今は国道(308)に指定されています。
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峠越えというと
鞍馬の九十九(つづら)折りのような道を
想起しますが
ここは珍しくも直線的な道です。
急勾配ですけどね。

「幅 1.8m のロングボディの車」の
「通行不可」の標識もあります。
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「おなか!すいたぁ!」
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まだ 1 時間ものぼっていないでしょ。
日曜・祝日のみ開店している
古民家(たぶん!)利用のうどんやさんかな。

あ!忘れていました。
ま!いっても
ほとんど聞かないでしょうけど
今のぼっている奈良側には
石仏がたくさんあるのですけどね。
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棚田の風景がつづきます。
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冬に青々としているのは麦畑。
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峠です。
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石畳(いしだたみ)の国道です。
江戸時代に石を敷いたとか。



横道に入り
なるかわ園地(大阪府民の森)に行きます。
寒いので「森のレストハウス」でランチ。

午後は再び暗峠にもどり大阪側をくだります。

このコースで一番幅員のない場所です。
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母!娘!孫娘の 3 人が並んだら
すれすれに通れるほどの狭さです。

「この中でだれが!母やねん?!」
「あ~ん!?」

「じゃんけんで決めてね。

今日の女性陣の年齢差は 30 程でしょうけど
この 3 人がトップ(高齢の上位)3 です。
間違いなく。

大阪側の棚田は荒れているような。
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「見て!見て!
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温度計を見ていたら
「1」度から「0」度に替わりました!
あら!?私を残してみんなくだっています。

「弘法の水」で
しんがりの「母」組に追いつきましたが。
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奈良側より大阪側のほうが急勾配。
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私は!急坂のくだりは
膝が泣いて歩きにくいのですが
みなさん!勢いづいて速いこと!
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「芭蕉の句碑の前で待っていて~!

「あら!みなさんは?!
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「先に行きました」
「だれかの長いエロちっくな説明を」
「聞くのがイヤといっていました」

「むむ!
「じゃ!残っている人に
「“ 菊の香に くらがり登る 節句かな ”の
「解説と芭蕉の“ かるみ ”の私見を。

「いいです!説明板を読みますから」

「むむ!

暗(くらがり)越えはおしまいにして
枚岡神社の境内に入ります。

姥(うば)が池です。
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「ここで待っていてといったのに!

「みんなとまらず行ったよ!」
「私だけ!逃げ遅れたのよ」

むむ、、、。
解説!省略。

枚岡神社です。
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ここでは
奈良の春日大社の若宮誕生までの
はなしを聞いてもらいやしょう。

みんな!駅まで行ってしまいました。

「早く帰って飲みたいんだって」
「私だけ!また逃げ遅れたの!え~ん!」

「泣くんじゃありません!不細工な顔で。
「あ!いや!
「泣くと不細工になるといっただけですよ。



愛する寿貞の死から 4 か月後に
大坂(大阪)の今の南御堂の前あたりで
芭蕉は逝きました。

ハイキングはおしまい。
南御堂まで「逃げ遅れた人」と
電車で行きましょうか。



(芭蕉年譜は久富哲雄編参照)
(敬称略)
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