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初夏の一庫ダムは白い色 [野道!山道!恋はけもの道!]

一庫(ひとくら)ダムです。
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兵庫県川西市の山ん中です。

ダムの下は
一庫唐松(ひとくらからまつ)公園と命名され
整備され
桜の花見の名所という人もいますが
大昔は名湯・一庫湯があったそうな。
有馬!平野と摂津三湯と呼ばれていたとか。

いいじゃないですか!ダムの下の温泉。
美作(みまさか)三湯の湯原温泉のように
ダムの下に露天風呂を造ったらどうでしょう。

ダムの横をはい上がります。
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センダン(栴檀)の花が白い。
この木は関西の都会の真ん中から山ん中まで
勢力を伸ばしつづけています。

私は好きな木じゃありませんが。
真夏にはこの木でクマゼミがよく鳴いています。
「高野聖(ひじり)」と「伏見稲荷」が
タッグを組んで(?)布教していたように
センダンとクマゼミが
結託しているとしか思えません。はは。



ダムの管理事務所に「天水」のタンク!?
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雨水が必要なんですか。
ダム湖に売るほど水があるじゃないですか!
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あれ!?
水面がきれい?!
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長年!
水面はウキクサ(浮草)で緑色でしたが。
冬でもそうでしたが。(拙ブログ 2016/12/11
取りのぞいたようですね。

ああ!まだ
隅のほうの一部には残っていますが。
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これがまた湖面いっぱいになるのでしょうか。

知明さくら橋をわたり対岸に行きます。
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「知明」とは
このダム湖を「知明湖」と名づけているからです。



あれ!こんなオブジェ!ありましたか。
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毎回驚いているような。
記憶力も学習力もないですな。はは。
このオブジェから入って
360 段(たぶん!)の階段を上がり
一庫公園の芝生の広場に。
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こんな標高のあるところに
親水の小川を流しています。

さらに!そしてさらに
高いところがありますが。
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また!だれかときたときに
粋がって(!)上りましょう。
今日は偵察だけ。
妥協は早く
再び知明湖の周遊道路に降りて歩きます。

この湖には
大小多くの河川が流入しているのでは。
その中で
一庫大路次川と田尻川が大きな川のような。
田尻川の上流のほうを目指します。
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黒川地区からきているので黒川でしょうか。
左岸から流入している川。
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あの川をさかのぼって帰りたいのですが
さらに上流まで行かねば
向こう岸ににわたる橋がありません。

やっと橋に。
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いかにも骨董品のような色の縄手橋。

わ!このあたりには緑色のウキクサだらけ。
これが流れて行って
湖いっぱいに繁殖するのでしょうか。



黒川の里は田植えのころ。
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桑の実が熟れています。
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ウグイス(鶯)の声が聞こえます。

小道に散り敷いている白いものは
エゴノキの花か!カキ(柿)の花か。
ウツギ(卯木)やヤマボウシ(山法師)や
その他名は思い出せない
たくさんの白い花が咲いています。

白い蝶や白い蛾が通り過ぎて行きます。

マタタビ(木天蓼)の白い葉先も目立ちます。
初夏の里山は「白」なのかも。


 雨晴山里拵田忙
  あめはれて
  やまざとは たごしらえに いそがしく

 風清働早乙女香
  かぜきよく
  はたらくさおとめは うるわし

 枝上白花笑蝶翔
  しじょうに
  しろいはなはさいて ちょうがとぶ

 林桑実美滑鴬喉
  はやしの くわのみはうまし
  なめらかなる うぐいすののどよ


漢詩でも中国語でもありません。
思いついた漢字を並べてみただけ。
たくさん字を知っている(?)ところを
見せたいだけです。はは。
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トエンティクロスを下りました [野道!山道!恋はけもの道!]

大きく立派な石ばかり並べています。
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生田川の上流です。
徳川道にあったという飛び石の再現でしょうか。
六甲山の山中の神戸市立森林植物園の東門の前。

とはいうものの!徳川道はここでしたか。
ここから少し上流に比定され
整備されていませんか。
ま!どちらでも大勢に影響はないですけどね。

江戸幕府は神戸港を
外国に開港することになりました。

外国人が上陸すれば
権威だけが生きがい(?)の大名行列と
文化の違う外国人の
刃傷沙汰(にんじょうざた)は必定。

第二の生麦事件を恐れて
幕府は大名行列のために
神戸港を避けて六甲山中を通る道
通称・徳川道を整備したのですね。

しかし!すぐ明治維新。
使われることはほとんどなかった道。
詮索すれば悲しい。

神戸港は広くいえば
兵庫の津の一部でしょうか。
「神戸」と「兵庫」!
県庁所在地の市と
県の名前が異なる事由はそのあたりでしたか?!



生田川を下ります。

ここから下流は通称 “トエンティクロス”!
妙に明るい道になっています。
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暗くする木は遠慮なく伐採され
ハイカーが歩きやすいようにか
よく整備されています。

新しい!たぶん!砂防ダム。
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“二十渉堰堤” だそうな。

“トエンティクロス” を和訳したら
“二十渉” とか “二十渡渉” になるのかな。

六甲山はまず外国の人が注目し
開発してきたので
英語というか!
カタカナの地名がたくさんついています。
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“トエンティクロス” と命名されたのは
川とクロスするところが
20 か所あったからなのか!
単に多いという
英語の表現ではそうなるのでしょうか。

中国語では “多量” を表すのには
「一日千秋」とか「白髪三千丈」とか
ほんわかしたものがありますが。

日本語ではどういうのでしょうね。

とてもおいしい酒があったとします。
「いくらでも飲める」なんていう
ボキャブラリィの貧困な人に
出会うことがあります。

「いくらでも!?」
「そんなに無限に飲まなくてもいいから」
「丼に 3,000 杯だけ飲んでみておくれ」と
いってみたくなりますね。

もっとおくゆかしい日本語を使いたいもの。



あ!?
“トエンティクロス” を
私は
今まで普通名詞として使っていたような。
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たとえば妙見山の初谷渓谷コースも
なん度も渓流を縫うように渡って歩きますが
「このあたりから」
「トエンティクロス!行きますか」
なんていってきましたが
地元の人にも電鉄会社の人にも
意思疎通できていましたが。

固有名詞だったのでしたらごめんなさい。

水中に杉の木が立って枯れています。
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ここにもダムができて水位が上がったのかな。

本流のほうは
20 もクロスしないかも知れませんが
そこへ流れ込む支流は結構多い。
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もしかしてこの数のことかも。

初夏の柔らかい緑に心身が染まりそうです。
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大勢が火を囲んでいる広い河原!
市ケ原に着きました。
ここで “トエンティクロス” 終わります。



ここからは年になん度も歩いている道。
緑のおおいかぶさる急坂をいそぎましょう。
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ほどなく布引(ぬのびき)貯水池。
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神戸布引ハーブ園を往復する
ロープウェイが見えます。

布引貯水池ですが
ダムの名前は布引五本松堰堤だそうな。

このダムの横で断層がよく分かるのだとか。
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縦に掘り込まれているところが布引断層?!

この断層が貯水池の上流のほうに
つづいているというのですが。
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考えてみれば
断層の割れ目には水が流れやすそう。
水が流れるところには人が住みやすそう。
元来!災害の起こりそうなところが
便利で住みやすいのでしょうね。

当然なんですから
災害にあわてることはありません。



悟った(?)ので空腹になりました。
午後 2 時半ですが!ランチはしていません。
悟った(?)のでご褒美に
“おんたき茶屋” でなにか
ケチですから
500 円以下のものでもいただきましょう。
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うどん!ラーメン!ビール(大瓶)!
だし巻きたまご!みんな 500 円です。

この時間なのに満席かぁ。
あきらめて!水をひと口飲んで下ります。

水量のあまりない雄滝(おんだき)。
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梅雨になったら元気になります。

雌滝(めだき)。
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右に取水堰堤が見えます。
明治 33 年(1900)年建造!
おばあちゃんでも現役です。

降りてきました。

新幹線の新神戸駅の下の川から
肉を焼くいい匂いが上がってきます。
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大勢の人がパーティに興じています。
どこか風景のいい場所に行けばいいのに。
すみません。
パーティする友人のいないものの
すねた発言です。
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どんづるぼう 聖徳太子葬送の道 [野道!山道!恋はけもの道!]

近鉄大阪線・二上駅から歩きます。

静かな田園の中
二上山のふもとに行くつもり。
ふたつの山頂が並んで見えない場所なのか
どこが二上山やら。
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こちら側からアプローチすることは
まずありません。

二上山により近いところを
近鉄南大阪線が走っていますから。
そちらの二上山駅やら
二上神社口駅を利用するのがフツーです。

道はなん本あるの!?
たこ(蛸)がツイストを踊っているような
交差点に出ました。
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「穴虫(あなむし)」ですか。

ここに大きな万葉歌碑がありました。
万葉仮名で刻まれています。

メンドくさいので
新訓 万葉集/佐佐木信綱編/の通りに書きます。

大坂を わが越え来れば 二上(ふたがみ)に
もみち葉流る 時雨ふりつつ   (2185)

“大坂” ですか。

大坂(大阪)の語源の “大坂” が
どこの坂を指すのか
いまだに私は分かっていません。

難波京につづく道だとか
蓮如(1415 ~ 1499)がいい出したとか
今の大阪城あたりにあった
本願寺や
法眼寺や
生國魂(いくくにたま)神社の参道だったとか
諸説がいろいろ。

今はそのどの建てものもありません。
坂も行方不明(?)です。

しかし!この歌の “大坂” は
奈良と大阪の境の大きな坂のことでしょうね。
大坂(難波)からきたことには
変わりないでしょうけど。

あ!そうですか?!
中央(大和政権)側から見れば
大きな坂を越えたところにある地(難波)は
略称 “大坂” ですか!?
それが語源かも。

それはさておいて
この歌で越えた峠は “穴虫峠” ですよね!きっと。
その峠を目指します。



“地蔵摩崖仏” の高札がありますが
全然見えません!分かりません。

道のない急斜面をはい上がれば
“摩崖” と呼ぶにはあまりにも可愛い岩が。
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自然石に高さ 54cm の
小さな(失礼!)
地蔵菩薩立像が刻まれています。

が!ここから降りるのに苦労しました。
よいこはまねをしないように。

この穴虫峠を通る道は
聖徳太子の遺体を運んだので
“葬送の道” と呼ばれているそうな。

このお地蔵さまと
太子信仰の関係は分かりません。

聖徳太子は今の奈良の
斑鳩(いかるが)の里で亡くなったのに
山を越えて今の大阪に埋葬したのですか。
どんな事由があるのでしょう。

穴虫峠に着きました。
ここが歌の “大坂” かも。



先年亡くなった
ハイキングにもウォーキングにも
とんと縁のなさそうなご老体が
「おれだってハイキングしたものや!」
なんていっていたことがありました。

「ドンズルボーなんかよく覚えとる」
「ま!駅から」
「ちょこちょこっと歩くだけやけどな」

大阪側をのぞけば
近鉄南大阪線の電車が
あえぎなら(!)上ってきました。
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人やくるまは峠の上を越えますが
電車は峠の下の
トンネルをくぐって奈良側に入ります。

そのトンネルの奈良側の出口付近に
ご老体がいっていた
「屯鶴峰(どんづるぼう)駅」があったらしい。
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背伸びして柵の上にカメラだけ出したのですが
どこにも駅の面影がありませんね。
新潮社/日本鉄道旅行地図帳/を見れば
昭和 49 年(1974)に廃止となっています。



屯鶴峰(どんづるぼう)に入ります。
ここの案内板には屯鶴峯と書かれています。
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凝灰岩(ぎょうかいがん)というらしい。
むき出しです。
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鶴が
屯(たむろ)しているように見える峰だとか。
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ん!?
それなら
“鶴屯峰(かくとんほう)” でいいのでは。

屯鶴峰(どんづるぼう)も面白い重箱読み!?
“どんかくほう” じゃないんですね。

もしかして
“どんづるぼう” という名前が先にあって
だれかが漢字をあてたのかも。

ころがれば!はるか下に一直線!?
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画像では分かりにくいのですが
すべりやすく!大変な急傾斜です。

でも!勇気を出せば
降りて降りられないこともなさそうですが
もし!帰らなきゃならないことになったら大変!
進むのは断念します。
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××十年前に 1 度ならずきたことがあります。
そのときにはどうしたのやら。
どんどん進んで行ったような気もしますが。
だんだん横着になって臆病になりますね。

岩に座って時間をつぶします。
向こうの山も白く輝いています。
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あれは “鶴” ではなく
ぶどう畑のシートが反射しているのですね。
大阪側の里はぶどうの産地です。



(敬称略)
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つつじの花の中 生駒山を下る [野道!山道!恋はけもの道!]

生駒山です。
近鉄・生駒駅前からケーブルカーがありますが
すいすいと登れますので歩きましたが。
ま!すいすいのはずでしたが
なんだか予定していた倍ほどの
時間が経過しています。

この山ではいつも!不調です。
とりわけ最近は特に。
年!古(ふ)りてとは考えず
相性の悪いせいにします。

山上にある遊園地には
幸せそうなファミリーの歓声が渦巻いています。

暑い!
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丸木舟(?)で急流すべり!
楽しそうですね。

初夏を思わせる山上には
シャクナゲと八重の桜が
仲良くいっしょに咲いていました。
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長居は無用!大阪側に下ります。
東は奈良県。
西は大阪府なんです。



やたらハイキングできる道があります。
大阪府が広大な自然公園を整備しています。
このあたり!東大阪市には
くさか園地!ぬかた園地!
それになるかわ園地とあります。

どこに降りてもいいのですが。
やがて近鉄の
どこかの線路にぶちあたるでしょうから。
今日は “なるかわ園地” の道標を探って
小道をころがり落ちることにします。
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人間なら喜んで歩いていますが
牛馬なら怒りかねない急な坂ばかり。

この園地!なん度も歩いているはずなんですが
ぼんやりとしているのでしょう!
いつも自分のいる場所が把握できていません。

あ!
“ほととぎすの名所” 慈光寺を探して歩いた
道に出ているのかも。(拙ブログ 2013/04/29

初夏といえば
“ほととぎす” らしい!歌の世界では。
ちなみに手元にあった古今和歌集の
夏の歌の巻に 33 首ありますが
そのうち 28 首は “時鳥(ほととぎす)” です。

でも!鳴いていませんね。
うぐいすの美声ばかり。

時鳥(ほととぎす) 声もきこえず 山びこは
ほかに鳴く音を こたへやはせぬ     躬恒(みつね)

せめて山びこよ!うわさだけでも伝えて。



あ!やっぱり!慈光寺あたりでした。
国道 308 号に。
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狭いところは幅員が 2m ほど。
ふしぎな国道です。

安い!
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無人販売のタケノコ。300 円。
重いし!処理が大変なので
梅干と切り干し大根を買いましたが。
これも格安でした。

石畳の国道!暗(くらがり)峠。
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そのまま進めば再び奈良県に入るので
右に曲がって県境を歩いて
なるかわ園地の “森のレストハウス” へ。
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ああ!ここで(拙ブログ 2014/03/11
みんなでランチしたことがあります。
ほんのこの前なのに
最近の寄せ集めハイキングのメンバーは
がらりと入れ替わっているような。

ときの速さがおそろしい。

鬼籍に入った人もいますね。

しあわせになったらしい人も。
しあわせに王手をかけた人も
私の企画するハイキングは
敬遠してしまいますよね。
花がないですからね。

でも!もう!うわさは一切無用ですからね。



あんぱんを半分かじって 5 分でランチを終え
さらに下ります。

小学生の団体について行けば!
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すごいじゃないですか。
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“つつじの広場” ですか。
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みごとです。
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ヒラドツツジばかりでしょうか。


ぼんやり歩いていましたが
腰が抜けました。

声たえず 鳴けやうぐいす ひととせに
  ふたたびとだに くべき春かは  興風

1 年に 2 度くる春ではないですよ。
うぐいすさん!休まず歌いなさい。



(古今和歌集/奥村恆哉校注/参照)
(敬称略)
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仁川の芝桜 甲山は神の山 [野道!山道!恋はけもの道!]

兵庫県西宮市の
仁川百合野(にがわゆりの)地区の芝桜。
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阪神・淡路大震災時に発生した
地すべりのあったところです。
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復旧・対策工事が行われています。
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造成地の斜面に考えられる
地すべり対策工事の見本市みたいにいろいろと
段切りとか井桁擁壁(いげたようへき)とか
集水管・排水管とかの説明板があります。

傾斜が少しだけゆるやかなところは
のり枠工法なんでしょうか
その枠の中に芝桜が植えられています。
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芝桜の名所になりつつあるようです。

ライラックも咲いています。
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ライラックの向こうに仁川の谷があります。
谷の向こうの住宅地が見えます。
このあたりどこも
すごい崖っぷちに建っていますねぇ。
崩れても不思議でもないような。



神戸市水道局上ケ原浄水場の縁を通って
甲山(かぶとやま)のほうに上っていきます。

“十一丁” と読める丁石(町石)があります。
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甲山のふもとの
神呪寺(かんのうじ)への参道ですね。

“九丁” らしい。
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先ほどの丁石もそうですが
原形が分からないほど破壊されています。

破壊されてもあればいいのですが
“十丁” なんかはどこに行ったのでしょう。

“八丁” は兵庫県立甲山森林公園に
入ったところにありました。
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豊臣秀吉の建てた大坂城が炎上消失した後
江戸幕府は
その城跡の外側に石垣を築き!土を盛り!
悪事をそっくり覆い隠してしまいましたが
その石垣の石材をこのあたりでも採取したらしい。

そのときのノミ跡の残る石があります。
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屋根つきの休憩所があったので休みます。
広大な甲山森林公園のまだほんの
東のエリアに入ったところのようです。

西のエリアにある甲山が正面に見えます。
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なるほど!兜(かぶと)のような形。

ランチどきですが
思いつきで上ってきたので
不二家のミルキーと
水としか持ち合わせていません。
どこかになにか売っていないのでしょうか。
期待しないほうがいいようですね。

この休憩所の自販機に
“パックンチョ” と “ハイチュウ” と
“キットカット” と
“チップスター” がありました。

“チップスター” でランチ?!
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50g 130 円!いやはや。



甲山の北東では
湿原を保護したり!形成したり!
いろいろ試みていましたが。
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難しいでしょうね。
湿原は乾いた平原になって行くさだめ。

高いものは低くなり
低いところは埋まるのが世の習い。
地球上には削られるか
埋められるところしかないでしょう。

やがてそれをご破算にしてくれます。
地球が少しだけ身震いをすると
アトランティスは沈み
ヒマラヤは隆起するのでしょう。

虚無的になりそうな心をそらして
甲山に上ります。
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標高 309m の独立峰。

昭和 45 年(1970)
頂上から弥生時代と思われる
祭祀用の銅矛(どうほこ)が出土したそうな。

がぜん!甲山の名前の由来
「神の山」説が元気づいたようです。
仮名では「かふのやま」と書くらしいです。
「かふのやま」から「かぶとやま」へ?!

甲山は下からはよく見えるのですが
上からは樹木が繁っていて見晴らし悪し。
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ん!?
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春がすみの中ですが
光っているのは “大阪ドーム”?!
高いビルは “あべのハルカス”!?
遠くの山は “二上山” でしょうか。
けっこう遠くまで確認できるものですね。

“あべのハルカス” が見えるのなら
わが家も見えませんか。
見える訳はないですよね。



神呪寺(かんのうじ)に向けて下ります。

松の木が不思議な形をしながら成長しています。
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ハート形に見えましたが。

神呪寺境内に降りてきました。
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なかなか
神々(こうごう)しい山じゃないですか。

仁王門のところに “一丁” がありましたね。
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本堂までまだ 1 丁あるのですか。



阪急・甲陽園駅に向かいます。

つるべ落としのような急坂を下ります。
地すべりが起きても
不思議でもないようなところに
たくさんの高級な住宅が並んでいます。

いろんな苗が!?
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「ご自由にお持ちください」とあります。
お屋敷に住む方は
なんて!やさしいのでしょう。
入れる袋まで用意されています。

“ツルムラサキ” と
“ヒマワリ” をいただいて帰ります。
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