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田一枚 植えました [草のゆかり]

梅雨入りしたというのに
雨が降りませんね。
今年は後日
梅雨入りの日を変更して
記録を残すんでしょうかね。

田植えに行きます。

長居自然史博物館(大阪市東住吉区)の
バックヤード!
といえば聞こえがよろしいが
雑木の中
雑然とした非公開のところ。

田んぼ(!)は 1 辺が 3m ばかり。
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日照りで水が少ないのに
ウキクサが繁茂していて
なにか違うものの畑のようです。

主にファミリーが集まっています。
自然史博物館友の会の行事です。
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会員ではないので遠くで見ていると
ここは蚊(か)の巣窟!
たちまち数十匹(推定!)に包囲されます。

みなさん!
虫よけのスプレー等持参の用意周到。
それでもたくさん食われて大騒ぎ。

私は無防備のままですが
日向にいたら刺されませんでしたが。



早乙女(!)たちも悪戦苦闘。
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小さな長靴なんて役に立ちませんね。
「もう捨てる靴!はいてきたもん」という
賢明な(!)園児もいます。

「早乙女や 箸にからまる 草の花」

なんて一茶の七番日記にありましたが
どういう意味なんでしょうね。

「早乙女や 箸にからまる 草の露」
「早乙女や 箸にからまる 筑波哉」とか
推敲(?)しているようですが。



「植えませんか」

「いえ!いえ!見ています。

植えたくはありません。
私は!結構「手植え」は速いんです。

都会のセンスが
隠してもこぼれ落ちているのに
(自分が思っているだけかな)
「すげ~!田舎もん」と思われるでしょ。

なんか深植えのような。
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苗がせいぜい 15cm ばかり!
小さいからですね。
機械植えならこんな長さかもしれませんが。
先日(拙ブログ 2017/06/15
住吉大社で見た苗の1/3くらい。

ともかく田 1 枚(?)植えてしまいました。

「田一枚 植て立去る 柳かな」

芭蕉の句。
これも意味がよく分かりません。

柳に見とれていたら
田んぼ一枚!田植えが終わって
早乙女たちがいなくなった、、、というのなら
間抜けな句?!

勤労しなさい。

あ!そのことば!
そっくり私に返ってきそうですが。



横に水たまりもあります。
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ビオトープになっているのでしょうか。
トンボがたくさん飛来しています。

エサが豊富で産卵場所にもなるからかも。

しかし!生まれたヤゴは
なにを食べて育つのでしょう。
肉食のはずですけどね。

いつか!
わが家の水槽で(拙ブログ 2015/08/10
イトトンボが羽化して行きましたが
強いてなにも
エサとして入れてやらなかったのですが。

自然の摂理はうまくできているのでしょうね。



そんな間抜けな午後。

芭蕉なら
柳を見ていても句が生まれるのに
阿呆は
なんの収穫もありません。

余った苗を数本もらってきました。
ペットボトルに植えてみました。
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黒米だそうな。

わが家の「田一枚」ですね。はは。

田一枚 植えて雀の 親子かな  ほっ
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つばな をかし 都会のチガヤ [草のゆかり]

正面の逆光の中
JR大阪環状線の新今宮駅のホームが見えます。
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「茅花(つばな)も をかし」
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ただ!それだけ
わが姉(!)なごんちゃん(清少納言)が
枕草子に書いていましたが。
こんな騒々しいところに
茅花(つばな)!
つまり!チガヤの原っぱが。
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なにかガラにもなく郷愁を感じますね。

鴨長明の方丈記では
10 歳と 60 歳のふたりが
「茅花(つばな)をぬき」遊んでいます。

長明は京都の山里でのこと。
これは

  茅花(つばな)けん まめ茅花
  今年の茅花は ようでけた
  活けておくより 摘んだほうがましじゃ
  耳に巻いて すっぽんす

大阪の歌だそうな。

たぶん!いつの時代にも
どの地方でも
チガヤの花芽をすっぽんと抜いて
食べ遊びをしていたのでしょう。

ほんのり甘い。
季節がよければ大変柔らかい。
たぶん!昔のこどもは食べてしまったのでは。

もう!この都会では
歌も食べ遊びもないですけどね。

この大阪市の広場も売り払ったそうですから
茅花もやがて消えてしまうことでしょう。



「買い物帰りに滝を見に行くなんて」
「なかなか乙でしょ」
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日本庭園の
「慶沢園(けいたくえん)」のポスターですか。
雨に打たれたのかよれよれになっていますが。

慶沢園は天王寺公園の中。

わ!
チガヤ(茅花)がいっぱい。
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慶沢園は
元・住友家の茶臼山本邸庭園ですよ。
そんな名園にもありますか。

実は帰路
注視していたら!あちこちにありましたね。
なんだ!
そんなに郷愁を感じなくてもよかったのですね。

名園もこの季節は緑色だけですね。
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あ!そうそう!滝!
これですね。
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華厳の滝とか
那智の滝と比較してはいけません。
喧噪の中にこれだけあれば十分です。



庭園を出ると茶臼山。
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陽射しが強いのに
水辺の花のエリアは寂しい。
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どうしたのか!きれいに整地されたかのよう。

そんな中!キショウブ(黄菖蒲)だけは元気。
すでに池の周囲に勢力を広げています。
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なん度もいいますが
この花だけは植えてはいけないような。
他のものがなんにも育たなくなるような。
そんな危惧して見ているのは
私だけかも知れませんが。

あ!ノハナショウブ(野花菖蒲)!
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キショウブとの生存競争に負けて
こんなに小さくいじけている訳じゃありません。

ハナショウブ(花菖蒲)の原種に近い花。
だからか!こぢんまりと咲くのです。



(茅花の歌は/中田幸平著/野の民俗/参照)
(敬称略)
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洛北・岩倉 松茸山誕生?! [草のゆかり]

京都市営地下鉄・烏丸線の終点の
国際会館駅を出ると
北から南へ岩倉川が流れています。
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高野川の支流かな。
やがて鴨川になり
桂川に!さらに淀川になって
海に紛れるのでしょうか。

川沿いをさかのぼれば
叡山電車の岩倉駅。

近くに岩倉具視の幽棲旧宅があります。

「岩倉」がよく出てきますね。
このあたりは
岩倉村と呼ばれていたようです。

山住神社。
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社殿がないような。
石座神社旧地とあります。
石座は磐座(いわくら)のことかも。
奥に神さまが降臨する巨岩があるのですね。

それからこの地の名
岩倉がついたのでしょうか。

権土池(ごんどいけ)のそばに
「岩倉具視公加恩の池」の碑がありました。
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岩倉具視が貧しい下級公家から
明治の元勲といわれるほど出世したとき
幽棲中に世話になったお礼に
300 円という大金を村に贈ったのですね。

村人はエラいですねぇ。
その金子でこのため池を造ったのですか。
飲んで食べて
ちゃんちきおけさを踊って暮らそうとも
思わなかったのですね。

近くに
村中の男女が夜通し組んずほぐれつで楽しむ
大原の江文神社の雑魚寝(ざこね)の
風習がありますが(拙ブログ 2015/12/03
年に 1 度なんてケチなことはいわず
年中!雑魚寝をしようとも
思わなかったのですね。

私の考えとはたいそう違いますね。



いつのまにか岩倉川は見失い
繁見峠(しげみとうげ)まで歩を進めました。

山小屋?!
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ちょっとラフですね。
喫茶はできても暮らすには
中にテントを張らねばなりませんか。

あ!休憩所ですか。
「まつたけ山復活させ隊」というグループの!

お!
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仰げば松の木ばかり。

盆栽の文人作りのような松の高木が
まばらにありますが
その下は松の小さな木だらけ。

松山に上ります。
赤松ばかりですね。
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やっぱり!
「松茸」の発生を夢見ているのですね。



「松茸」とは!
難問ですね。

キノコはどこでも発生していますが
私が見ている多くは「腐生」でしょうか。
キノコは光合成できないので
命を終えた動植物の有機質を分解して
利用しているのですね。

この類は人工栽培が可能で
野菜の値段が高いときにも
安定した価格で重宝していますが。

生きた生物から
強引に栄養分を奪うキノコもありますが。
それで真っ先に思い出すのが「冬虫夏草」!
昆虫に寄生して
宿主を殺してしまいますが。

白土三平はカエル(蝦蟇)に生える
冬虫夏草を描いていました。
さらに人間に寄生した冬虫夏草も。
これが不老不死の妙薬かも知れない
「肉芝」の正体?!

それよりやっかいそうなのが
「共生」のキノコ!
動植物と互いに
栄養分をやりとりしているもの。
マツタケ!ハツタケ!アミタケ!コウタケ!
これらの人工栽培は大変でしょう。



松茸は
近畿・中国地方に良質の産地がありました。

地質条件と気象条件が適しているような。
さらに人的条件があったようです。

私が大昔
友人の家が管理している山やら
知らずに(ホントは知っていたかも)
紛れ込んだ山やらで
番犬に追いかけられながら考えたのは
松茸は人が増産させてきたような。

松茸山は里山でもあるような。
常に薪(たきぎ)拾いをして
山の表土が明るく
腐葉土が深く積もっていないほうが
成長にいいような。

人口が集中していた関西では
燃料が不足して
いつも山の柴刈りが行われていて
松茸の増産に寄与していたのでは。

赤松林のあまり混み合っていない樹々の間で
春にツツジがほほえむようなところに
秋に松茸が生えているような幻想が
今もあります。



思い出しました。
松茸酒。
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270 種を越えて
数百本の果実酒・花酒・薬草酒を
作っていたことがありましたが
ある事由で(ま!いいかえれば夜逃げですが)
みんな捨てましたが
なぜか!この松茸酒は持って出ていましたね。

丹波産松茸 50g
ホワイトリカー 35° 800cc
氷砂糖 1 片と書き記しています。

◯十年!封を切っていません。
どんな味でしょう。
いつかあなたと開けてみたい。



(森林微生物研究会/マツタケ・人工増殖の試み/)
(日本きのこセンター編/やさしいきのこ栽培/)
(白土三平著/いしみつ 冬虫夏草の巻/参照)
(敬称略)
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片葉の葦 ホテイアオイの花 [草のゆかり]

5,000 年前の地図を見ると
今の大阪城あたりから住吉大社あたりまで
南北に半島があります。
今の谷町筋が通っている上町台地です。

その半島の西側が大阪湾。
東側が河内湾。

半島の先の
後の大阪城のあたりから千里丘陵までは
海峡になっていたようです。

東側の河内湾は生駒山のふもとまで。

海ばっかり!大変シンプルです。
大阪市のほとんどは海の中だったのですね。

その地形は今も変わらず
上町台地から東西の昔の海だったところへは
下ることになります。



阿倍野区の西の端を歩けばその地形!
崖(!)になっています。
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高台のこちらの方が阿倍野区
崖下に広がっているのが西成区でしょうか。

難波津(なにはづ)を
  今朝こそみつの うらごとに
    これやこの世を うみ渡る舟

「むかし男ありけり」の男(たぶん!在原業平)が
領地のある難波津にきて渚を見たら
たくさんの舟に驚いたようです。

この男の時代になると
河内湾は河内湖になり
その河内湖も消えつつあったころ。

西側の大阪湾も淀川!大和川の運んできた
多量の土砂の堆積と
地球規模の海面の低下によって(たぶんですよ!)
渚が後退して行き
一面の葦(あし)の浜辺になり
貿易船がたくさん係留されていたようです。

余談ですが恋多きこの男は
世渡りはつらいと嘆いているだけかも。

「みつ」は「御津」と「見つ」を
「うみ」は「海」と「憂(う)み」を
かけてあることを踏まえて
鑑賞しなければいけないらしいけど
メンドくさいので!それはさておきます。



崖下に草原(もしかして湿地?)があります。
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葦があります。
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これは業平のころの葦の子孫なんでしょうか。

ときどきマスコミに取り上げられる
西成区天下茶屋東の
「なにわの原風景」を残す湿地は
このあたりなんでしょうか。

小さな面積ですが。

もし「なにわの原風景」なら
「片葉の葦(かたはのよし)」があるといいます。
「葦」を「あし」と読まず
「よし」と発音しなければならないようですが。

「片葉の葦」は
ひとつの方向にだけ葉を出している葦。

葦にはよく出る性質と聞きましたが。
なぜか各地でそれぞれの物語や
思い入れができているようです。

この区にも「保存会」があると聞きます。

それかどうか立ち入り禁止で確認はできません。



わが家の庭(!)の桃ケ池にも
だれかが「片葉の葦(よし)」を
蓮池のほとりに植えています。
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ケチをつける気はさらさらないのですが
大部分の葦の葉は
四方にランダムに出ているような。
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環境に左右されるのかも知れませんね。



あ!おなじ桃ケ池に!?
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ホテイアオイじゃないですか!
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すごく大きく育って!涙が出そう、、、。

昨年の晩秋!そこに放しておいたのです。

2、3 年前まではわが家の水槽で
ホテイアオイはランナーを出してつぎつぎに増え
たちまち水槽を覆ってしまうので
1 月に 2 度くらい間引いていたのですが
2 年くらい前でしたか
縮んで消えてしまうようになりました。

同じ水槽で同じ場所ですが。
新しく入れたものも
少し繁殖してまた枯れ始めます。

水槽の中に棲息する
魚類や貝類などの変化かも知れません。

昨年の秋に弱った株をいくつか
池のほとりの崩れてできた水たまり(?)に
放しておいたのですが。

そこはコイやアカミミガメやカルガモの
侵入しにくいエリアですから。

下に根を下ろしたのか
大きく育っています。

花も 1 輪!
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繁殖力旺盛なるがゆえ嫌われものの
ガマがやってきて共棲(?)しています。

それがよかったのかも。



(石田譲二訳註/伊勢物語/参照)
(敬称略)
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多奈川ビオトープ 草笛悲し [草のゆかり]

大阪府の南端の岬町の「多奈川ビオトープ」!
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「関西国際空港」二期事業の土砂採取跡地!
ぽっかり空いたところに
できたのか造ったのか!池があります。

たくさんの生物がやってきているそうな。

嫌われもののガマが今年も増えそうですね。
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メダカとカワニナが
特に喜んで(!)繁殖しているとか。

ここのカワニナの個体は大きいですね。
捕食する生物がまだ少ないのでしょうか。

大形の生物はノウサギとかイノシシとか。

キジが抱卵中?!
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見えませんけどね。
すぐそこの草の中らしい。

「焼け野の雉(きぎす)夜の鶴」なんて
祖母がいっていましたが。

焼け野のキジ!?
キジの焼き鳥はうまそう!
夜のツルとはどんな料理だろう!
愚かな孫は愚かな空想をしていましたが。

焼け野でも逃げないのですから
われわれ無頼の輩がすぐそばを歩いていても
キジはじっと卵を抱いているようです。



スズメノエンドウ!?
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実がはじけて飛んでしまっていますね。

「カラスノエンドウでっせ!」

同行の博識のお年寄りがいいます。

はは!
場違いの!私だけ分かる!
思い出し笑いをして!すみません。

その昔!道路からフェンスにしがみついて
ある校庭の中をのぞいたら
グラウンドの隅の小さな畑のエンドウに
水をやっていた人がいました。

児童か若い人にさせたら?!

「そんな奇特なものはいませんよ」

それがこの方。
変な初対面でしたね。

だから「エンドウ」問答に少し笑えます。



それはともかく
こどものころから
スズメノエンドウと呼んでいたのですが。

「スズメノエンドウは小さい」
「花も小さく色が薄い」

ピンクの花でしたが。

「それはこれ!カラスノエンドウです」

スズメノエンドウもカラスノエンドウも
私は今まで区別していませんでした。

甘糟幸子著/野草の料理/に

スズメノエンドウは小型。
中間の大きさのがカスマグサ。
「カ」はカラスノエンドウの「カ」
「ス」はスズメノエンドウの「ス」
「マ」は中間の「間」
並べてカスマグサ!

ウソのようなはなしがのっていました。

ま!カスマグサも
私はいっしょにしていたかも知れません。

食べるには区別することなく
みんなおいしいそうな。



カラスノエンドウは
あまりにもたくさんあったのですが
しかし!幼少のみぎり
食べた記憶はありませんが。

大きくなってから野山で
摘み草のてんぷらなんかをしたときには
食べているでしょうけど。

この「さやえんどう」のような実で
笛を作っていました。

あまり好きな笛ではなかったですけどね。
私はタンポポの花茎で作った笛が
一番のお気に入り。

タンポポ笛は
初春から夏までいつもくわえていた記憶があり
今でも山行時にはプープー鳴らして歩いていて
疲れて機嫌の悪くなったみなさんの
ひんしゅくを買っていますが。

その他笛の材料になる
草木はたくさんありますよね。

麦やスズメノテッポウの
花穂を抜いたはかま(?)を吹きましたが。
ヨシ笛も吹いている人はいたようですが。
同じようにするものかどうか知りません。

マサキとかユズとか照葉樹の葉で作る草笛は
音階が作りやすいのかも知りませんが
音痴の私には無縁のものでした。



暮れ行けば 浅間も見えず
歌哀(かな)し 佐久の草笛

島崎藤村の詩の
千曲川旅情の中で鳴っているのは
どんな草笛だったのでしょうか。



(敬称略)
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