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町道!街道!眠り未だ足らず ブログトップ
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バベルの塔崩れて上人ケ平遺跡に立つ [町道!街道!眠り未だ足らず]

奈良市を北にとり
元正天皇陵と元明天皇陵の間を過ぎれば
“タケノコの駅”!
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ああ!以前にもこのあたりで
タケノコの集積場!直売場があったような。

あ!?
タケノコ!ありませんね。
孟宗竹の季節は過ぎて
淡竹(はちく)のタケノコが少し。

おばちゃんたちが群がっています。
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新じゃが!?
というより!
選別もれの小粒のイモのようにも見えますが
詰め放題?!
167 円!?

この冬に(拙ブログ 2017/02/12
酒粕を詰め放題にする機会がありました。

そのときに
アラフォー(around 40)のおね~さんから
詰め放題の心得を伝授されています。

「初めに袋を引っ張って伸ばしてから」
「すき間なく几帳面に詰めて」
「さらに袋から出ても上に!上に!積み上げる」
という極意。

今日はひとりで試みます。
「この袋!伸びないよ!破れるよ」
横のおばあさんがさとしてくれます。
ホント!ほとんど伸びません。

うまく詰まらずあせります。
「小粒の丸いのを集めて詰めたら」
また!おばあさんが。
そんなに形のいいものなんてありませんよ。

ま!もういいや。
「まだ上に山のように積み上げたらどうですか」
店員の若ものが親切にいってくれますが
もう!いいです。

1.5kg ゲット。
勝負ごとの嫌いな人生にはこれで精いっぱい。

ん!?
表に出てもう 1 度見たら
ここ “旬の駅” という農産物の販売所でしたか。

“筍” と思い込んでしまっていたのです。
学力を問われます。



重くなったリュックを背負ってさらに進めば
“国境食堂” が!
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初めてこの前を通った大昔からありましたが
こんなきれいなレストランでしたか。
ま!大和・山城!
奈良県と京都府の国境にきたのですね。

京都府に入れば “バベルの塔” もどき。
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木津川市の “木津南配水池” です。

バベルの塔は天まで届いたのでしたか?!
届く前に崩れたのでしたか!?
いずれにしろ
税金でこんな遊び(!)はどうなんでしょう?!
やがて!天罰が下るような気がします。



古墳ですか!
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“州見山(くにみやま)” だとか。

古墳じゃないような。
階段は見あたらないので無理やりはい上がると
はげた狭い頂上があるだけ。
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だれかが造った山でしょうか。
ふしぎなものを造るのが趣味の里のようです。



広い平原。
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上人ヶ平(しょうにんがひら)遺跡公園だとか。

7m から 20m の方墳や円墳が
17 基ばかりあるのだそうな。

整備して公開されたのが最近なのでしょうか。
そんなピカピカ感があります。

小さくても古墳に堀があったのですね。
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どんな人が埋葬されているのでしょう。

おなじところに時代が下がって
市坂瓦窯跡・瓦工房跡が。

この小さな谷の両岸に
8 基の瓦窯跡があるらしい。
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平城京の造営に
大量の瓦が必要だったのですね。
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今歩いてきた丘陵は
“奈良山瓦窯跡” と称されて
5 か所の瓦窯跡が残存しているそうな。
そのひとつがここだとか。



大昔から
みんな創意工夫して!
働いて!
生きて!いたのですね。

じゃがいもをかかえて
食べることばかり思いめぐらしている阿呆に
さいわいあれ。

春が行きます。
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尼寺廃寺跡から雪丸の達磨寺へ [町道!街道!眠り未だ足らず]

整備されています。
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史跡 尼寺廃寺(にんじはいじ)跡だそうな。
大きな礎石が発掘されています。
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7 世紀ごろ?!
とんでもない大寺院があったのですね。

尼寺廃寺跡学習館も新設されています。
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史跡は古そうなんですが
公園化したのは最近でしょうか。
なんだかぴかぴか。



横の一段高いところに
白山姫(しろやまひめ)神社。
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下の史跡公園は奈良県香芝市
ここは奈良県王寺町のようです。

王寺町の神社にはたいてい絵馬堂があります。
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氏神さまとの結びつきが強く
誕生すると!
秋祭りに絵馬を奉納する習慣があるようです。

当然!
大昔からのものが残っているはずなんですが
5、60 年以上過ぎたものは風化が激しく
この日見た絵馬の中では
昭和 17 年のものが最古でしたが。

この町にも新興住宅ばかりが目立ちます。
もうすたれて行く風習なんでしょうか。



王寺町を北上します。

乳垂(ままたれ)地蔵。
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たくさんお祀りされていますが。
もしかして石灯篭の影になっている尊者かな。
気づくのが遅くて!ごめんなさい。

推古天皇の産んだ子の乳母のお乳が出ないので
推古天皇が祈願したら霊験あらたかだった
お地蔵さまらしい。

推古天皇が
自分で授乳したらいいようなものを!
なんて考える由緒ある庶民で!すみません。

あかちゃんの “まま” は
“乳” ということですね。



さらに北にとぼとぼ。

お~!特大な雪丸!
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聖徳太子の愛犬のいる達磨寺。
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大昔から(年代不詳)いる石の雪丸くん。
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達磨寺には
達磨大師と聖徳太子が祀ってあります。
達磨大師と聖徳太子がここで出会ったそうです。

もう!聖徳太子の伝記はなにもかも
100 %ウソに思えてきますね。
上宮太子はいたかも知れないけど
聖徳太子はいなかった?!

灰色の脳ではどうしても理解できないことは
「30 年も皇太子のまま」だったこと。

蘇我馬子にくし!
その 1 点を覆いかぶせるため
聖徳太子を持ち上げたような気もします。

それはともかく
達磨大師と聖徳太子の像の前で
坐禅したことがありましたね。
“ゆるい” 緊張感のない坐禅でしたが。



雪丸の足跡をたどって帰ります。
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王寺町には「雪丸」だらけです。

JR王寺駅の前にも。
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ん?!
片岡城跡と
畠田古墳を探しにきたのですが
忘れて歩いて!帰ってきていました。
年中!頭の中に蝶々が飛んでいますが
春はそれが顕著なような。
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八幡まちかど雛まつり 2017 [町道!街道!眠り未だ足らず]

京都府八幡市の東高野街道の
「まちかど雛まつり」
(2017/03/25 ~ 04/10)です。
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旧暦 3 月 3 日は
今年は 3 月 30 日なので
ちょうどいい季節のはず。
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予定したり!覚えていたことはないのですが
毎年のようにこの「雛まつり」に遭遇しています。
そう年になん度も
八幡市を訪ねている訳でもないのにね。
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東高野街道とは高野山参詣の道。
南下する高野山ルートはいくつか。
それが今の河内長野市で集まり
そこから高野山までは 1 本道になっているはず。

その高野街道の一番東の道。
京街道から分岐して進むんですね。
京(みやこ)から徒歩で行くのならこの道ですか。

今年のお雛さまは
71 か所の町家!街角に展示していました。

神社でも。
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お寺の本堂にも。
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交番にも。
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銀行にも。
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この町の雛まつりには
手作り!オリジナルのものが多いような。
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ほのぼの。
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タペストリータイプ。
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古い掛け軸も展示されていますけどね。
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陶器の絵皿でしょうか。
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吊り雛もいくつか。
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大きな玄関がある家じゃないとね。



なんですか?!
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生臭いことは似合わないと思うのですが。

不謹慎ながら私は
やっぱり男女の関りだけが気になりますね。

男雛と女雛の並べ方が毎年話題になります。
毎年結論も正解もありませんが。

関東飾りは利き腕説。

女性は刀の鞘(さや)のように
左手で抱くというもの。
鞘!ですかねぇ!
いいえて妙ですが!失礼でもあるような。

京雛は陰陽五行説かな。

「天は左にめぐり!地は右にまわる」

「男は左にめぐり!女は右にまわる」

それがどうして江戸飾りの逆になるのかどうか
阿呆はにわかに理解しづらいですけどね。

「医心方」(巻第廿八 房内)を
広げて見るほうが早いかな。

先年も同じような考えが
堂々めぐりをしていたような。
拙ブログ 2014/03/03」をご笑覧あれ。

いつまでたっても学習も進歩もないですね。



「嫁に行った娘がね!」
「テキトーに処分してと勝手なこといいます」と
道で出会った還暦か古希か年に不足のないご老体。

可愛いかった娘も
もうおばあさんになる年なんでしょうか。

それで!いろいろ加工して
あちこちに展示しているのだそうな。

娘さん!なん人いらっしゃるのか
たくさんお雛さまがあるんですね。

まぁ!その年代の!
先の大戦後に作られたお雛さまは
骨董品価値も薄いのでしょうね。

古いお雛さまは
それなりに
観賞価値があるかのも知れませんが。
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久宝寺緑地はお花見の季節 [町道!街道!眠り未だ足らず]

久宝寺緑地の心字池。
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バラタナゴを保護しているそうな。

バラタナゴは
バラ色の婚姻色が出るから命名されたのかも。
もっとも
他のタナゴでもイタセンパラでも
ウグイでもオイカワでも多くの淡水魚には
あざやかな婚姻色が出ますけどね。

最近!バラタナゴを
ニッポンバラタナゴと呼んだりしていますが。
進駐軍(!)が席巻しているので
区別しなければならなくなったのですね。

その進駐軍はタイリクバラタナゴ!?
図体は大きいです。
丈夫です。
大和なでしこはたくましいものに魅かれます。
弱いです!人間も魚も。
交雑します。
大変です。

タイリクバラタナゴは
1942 年ごろ
ハクレン等の種苗を大陸から導入したときに
紛れ込んだらしい。
その時代には環境もなにも考えず
ただ!食糧の増産だけを叫んでいたらしい。

早いですね。
紛れ込んだものが
わずかな時間でもうすぐ日本を征服しそうです。

池の中のネットで厳重に
保護されているものはなんですか。
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屋根までかぶせているのですが。
鉢に植えているのなら
他に移動してもいいようなものなのに。



広いです!久宝寺緑地。
大阪府立かな。
大阪市と東大阪市と
八尾市の境界線上にありますが
大部分は八尾市にあるようです。

花壇がまぶしい。
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花の広場。

あ!満開の花。
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なんでしたか!?
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思い出せません。
思い出さなくても命に別状ないですけどね。

桜花の季節です。
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ファミリー広場ははなやいだ声がいっぱい。
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バーベキューエリアもあるんですね。
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そんなちまちました庶民的なしあわせなんか
嫌いです。

だいっきらいだい!

ぐすん。

299 円(税抜き)で買った弁当を
静かな隅っこで食べるもんね。
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先日!京都では 398 円で売られていた弁当。
大きなサバ(鯖)がおいしい。

余談ですが
おなじメーカーのおなじ「おにぎり」が
コンビニで 110 円!
スーパーで 49 円で売られているのは
どういう仕組みかと
居酒屋のおじさんがいっていましたが。

49 円で買ってきて並べておけば
夜中に小腹が空いて
100 円で買う人がいるよといっておきましたが。

「売れ残ったら!どうするんやぁ!?」

具も海苔もいっしょに水で煮たら
雑炊ができるから朝食にしなさい。



新芽が可愛い。
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シャクヤク(芍薬)園ですね。
生家にありましたね。
毎日!延びる芽を観ていた暗い幼い日。
今はもう!
枯れるか捨てられるかしていることでしょうね。



JR加美駅の案内板の矢印に向かえば
ごみごみした街の中では
まったく方向が分からなくなりました。
モバイル系のものは持っていないし
だれかに聞くのも人見知りが強いし。

あ!ごぼう(牛蒡)?!
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八尾名物(!)の「若ごぼう」でしょうか。

「葉ごぼう」をここではそう呼んでいます。
根は可愛いのですが
葉と葉柄を食べるのですね。

もっとも大阪では
「ごぼう」といわず
「ごんぼ」と発音していますが。

「八尾」の「ごんぼ」の意味なのか
「やーごんぼ」なんて書かれたりしていますが。



やっとJRの駅に着きました。
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駅が新しくなっているような。

ん?!
「JR新加美駅」!?
知りませんよ!こんな駅。

すぐ近くに!
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これが知っている加美駅なんですが。

新加美駅は「おおさか東線」の駅でした。
久宝寺から
放出(はなてん)までつながったようですが
まだ先へ工事中の路線でしたか。



(保育社/原色日本淡水魚類図鑑/参照)
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京街道 枚方宿 春のころ [町道!街道!眠り未だ足らず]

京阪・枚方公園駅前。

「京街道」
「枚方宿(ひらかたじゅく)」だそうです。
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豊臣秀吉が整備した
大坂・京橋から京都・伏見に行く京街道。
京から見れば大坂街道かな。
その街道の中間あたりでしょうか。

「東海道」の表記もありますね。
江戸幕府になって東海道が延伸
京街道が東海道の東端になったようです。

北へ!京都に向かって歩きます。

「鍵屋」です。
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「枚方市立 枚方宿 鍵屋資料館」です。

なん階建てかよく分からないけど
大きな家です。
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江戸時代の船宿ですね。

昔の旅人。
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こんな軽装で
よくまぁ旅ができたものですね。

しばらく東海道をトレースすれば田葉粉屋。
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田葉粉屋は「たばこや」と読むのかも。
この建てもの群は明治時代のもの。

浄念寺。
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「西御坊(にしごぼう)」と呼ぶらしい。
近くの願生坊は「東御坊」ですか。

西とか東とかは西本願寺・東本願寺の略。
本願寺が東西に分裂する以前は
順興寺の寺内町!
商業都市として栄えていたそうな。



淀川の堤に上がります。
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広い河川敷。
「ひらかた水辺公園」という呼称とか。

淀川資料館でお勉強。
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あ!
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お行儀のいいおさかなたち。

こんな小魚たちは
「鷺(さぎ)知らず」といわれるほど
動きが速いはず。(拙ブログ 2007/02/06
のんびりしていたら
鷺に食われてしましますから。

あああ!
つづけてシャッターを押したときには
みんな四方に散って!
まったく画像にはなりませんね。

一瞬も止まってくれません。
あの整列はなんだったの!
でもまぁ!春がきましたね。


水ぬるみ 鋭角に飛ぶ 鷺知らず  ほっ



丘の上の意賀美(おかみ)神社に。

梅林にまだかすかに花の色がありますね。
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梅林の横の御茶屋御殿跡は見晴らしがよろしい。
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昭和 8 年(1933)のおなじ場所の画像。
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さらに大昔
京街道を往来するときの
豊臣秀吉も見ていた景色かも。

ここに秀吉が愛妾のために
御茶屋御殿を建てていたのですね。

森繁久弥も幼年時代にひとり見ていたのかも。
このあたりで
寂しいこども時代があったと聞いたような。



京阪電車の線路沿いに歩きます。
「せせらぎ水路」をたどります。

ん?!
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一瞬だけ驚きました。
人の足かと!

はは。
横溝正史の「犬神家の一族」みたいで。
上方落語の「たこ坊主」のようでもあります。

ま!どちらも人間を池の底の泥に突っ込めば
水面から足だけが出ているということですが。

そうなりますか!?
ならないでしょう。
ヒトを逆さに突っ込めば
すぐに浮いて!
足だけ出したままで静止しないでしょう。

書いたり演じたりするときには先に
自ら池に飛び込んで試してみましょう。
なにか大きなおもりを
首にくくりつけたらよろしい。



京阪・枚方市駅から帰ります。

ラッピング車両が停まっていました。
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「きかんしゃトーマス」号というのでしょうか。
間違っているのならごめんなさい。

「きかんしゃトーマス」は
もう 10 年くらい走っているような。
人気があるんですね。
私の感覚では分からない世界です。

今年の意匠がこれなんでしょうか。
もっとも!去年のものの記憶はないですが。



(敬称略)
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