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斑鳩の法隆寺と西安寺の間の大和川 [町道!街道!眠り未だ足らず]

舟戸(ふなと)神社(奈良県王寺町)の
聖徳太子が建立したという西安寺跡の
発掘現場。(拙ブログ 2017/12/10
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斑鳩の里の西方を守る
寺院だったのでしょうか。

ほぼ真北に三室山が認められます。
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三室山の横に竜田川が流れていて
その北東に斑鳩の里の法隆寺があるはず。

西安寺から
地図上の直線距離で 3km ばかり。
近いですね。

法隆寺に向かいますが
すぐ大和川にぶつかりました。

上流です。
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橋なんてありません。

下流です。
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昭和橋が見えますが。
千年前の橋ではないですね。

大昔の往来はどうしていたのでしょう。

大和川左岸をさかのぼります。

向こう岸に竜田川の出口が見えました。
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橋!?
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JR関西本線ですか。

さらに上流に潜水橋がありました。
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幅員も欄干もない橋を二輪車・四輪車が
けっこうなスピードで渡って行きます。
歩行者の私にはそれが怖いじゃないですか。

いそいで渡って右岸の土手を下ります。
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正面に三室山があります。

なんの注意喚起ですか。
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竜田川の出口まできましたが。

竜田川をさかのぼります。
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百人一首の在原業平の
唐紅(からくれなゐ)という川も
季節が過ぎたのか!時代は変わったのか
面白くもない景色です。

ん!?
面白いものがありますが!なんでしょう。
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能因法師がいう
竜田川の錦になるモミジがあるという
三室山に上りますが
もう季節は通り過ぎています。

西安寺のほうをのぞんでも
桜の冬枯れにはばまれて分かりません。
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山から大和川に降りて
左岸から見たあの昭和橋を渡ります。
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ぐるっと回ってきたことになります。
成果もないのにご苦労なことです。

下流に目をやれば遠く二上山があります。
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あ!ミミズク!?
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JR・近鉄の王寺駅に近くなれば
歩道にたくさんの動物がいます。
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小さなものもいたのですね。
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気づかずに通り過ぎていたのですが。
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JR王寺駅構内の
聖徳太子の愛犬の雪丸が服を着ていました。
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冬ですものね。
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美山 かやぶきの里 秋は終わった [町道!街道!眠り未だ足らず]

「秋は終わった

そんな文句が浮かびました。

「私の平成も終わった

そして重ねてそう思いました。



「秋の一斉放水」(拙ブログ 2017/12/02)の
つづきを書きます。
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かやぶきの里は京都府の山の中
日本海沿岸の福井県高浜市から
京都市へつづく
「西の鯖街道」の中継地だったところです。

普段の知井地区の北集落は静かな山里です。
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50 戸のうち 38 棟がかやぶき屋根。
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集落の東の端に
八つ頭の鹿の伝説がある知井八幡神社。
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古事記に出てくる
八俣大蛇(やまたのおろち)は
砂鉄の「たたら」じゃないかと
勝手に錯覚(!)しているのですが
拙ブログ 2017/08/04
ここの八つ頭の鹿には
どんな秘密があるのでしょう。

この集落は傾斜地にあります。
一番下は当然!田んぼです。
上の集落の縁に
散策路が設けられていますので
ひと回りして俯瞰(ふかん)してみました。
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これが遠い日の日本の風景でしょうか。
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集落の中ほど
郵便ポストのあるところから入ります。
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夏は涼しそうです。
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吉田兼好は
「家のつくりやうは夏をむねとすべし
といっていましたが。

「冬はいかなる所にも住まる
とも書き残していますがはたして?!
とても寒そうに見えますね。

ここの「かやぶき」は屋根上に
「馬乗り」という千木(ちぎ)を置き
横に「烏(からす)どまり」という
横木を渡してあります。
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「烏どまり」は
「雪割り」ともいうそうですから
降雪対策なんでしょうか。

白い山茶花(さざんか)が咲いています。
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紅葉と屋根の緑が妙に美しい。
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「肱(ひじ)張りて枯れし柿の木
「痩竜(そうりゅう)に晴(ひとみ)を点ず
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きみ知るや!三好達治の
「残果」という詩の一節。

こんな果実を
「木守(きまも)り」というのだそうな。
三好達治の造語ではなく
たぶん!
昔からいわれてきたことばでしょう。



ランチは「鹿肉」の
「すき焼き丼」(400 円)ですませます。
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雨が強くなったので
いそいで通り過ぎましたが
集落の稲荷神社の境内の大木は
樹齢 400 年のトチ(栃)でしたか。

トチ餅(150 円)もいただきます。
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買う気もないのに土産もの店に入り
1、2 分で出てきたら
「傘」がない!

「私の平成」のほとんどに同行した傘。
拙ブログ 2014/08/04 に画像があります)

ニューヨークの銀行にもらったと
思っているのですが
「外国の銀行がそんなもん!
「くれる訳がない!
といわれたりすると
そうかなと思ってしまうほど
記憶はあいまいな大昔に入手。

それがとても丈夫で
くたびれてきていても
修理もしたことがありません。

その傘をさしたら
忘れていた人の顔や
忘れていないけど思い出したくない恋が
突然!彷彿(ほうふつ)としたりします。

その傘が盗られた!?

間違えて持って行ったのなら
返しに来るだろうと
期待して待ったのですが。



「秋は終わった

帰路のバスの中で
そんな文句が浮かびました。

かやぶきの里の秋は終わったのです。

一斉放水は秋の終わりなんです。
これから地味な冬に入ります。

「夏は終わった

小説「火宅の人」の最終章の
「キリギリス」には
このフレーズが出てきます。

「まことに夏は終わった

「畜生!夏は終わった

なん回も出てきます。

作者であり「火宅の人」である檀一雄は
死の淵に立っていて
口述筆記のくだりらしい。

自身の 10 年以上前のできごとが
モデルでしょうけど
かれはそのときの自分の「命」も
終わったといっているのかも。

情熱的な夏が終わり
もの思う秋はなく
すぐに厳しい冬を感じていたような。

「モガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢はん

としたためて 5 日後に一期を終えています。

私も「火宅の人」だったのかも。
檀一雄に比したらミニミニサイズですが。

その決別の時期がきたのだ!
「傘」はもう別れたかったのだ!

そう思ったりして。

バスの中ほど
前後左右!周囲みな
中国からきた観光客にはさまれて
「そーりー」「サンキュー」
「しぇしぇ」のみ発するだけの
窮屈さもあって
自称・おフランス人は
「秋は終わったのだ
「平成は終わったのだ
そんな呪文をくり返していました。



(三好達治詩集/百たびののち/)
(徒然草/今泉忠義訳註/)
(檀一雄著/火宅の人/)参照
(敬称略)
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神戸元町商店街めぐり [町道!街道!眠り未だ足らず]

東海道本線のJR神戸駅から
元町駅方面へは高架線ですが
その下の元町高架通商店街!
略称・モトコー。(拙ブログ 2016/12/14
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今年の春(2017/03)には
高架線路の耐震補強工事で
店舗はみんな立ち退いたと聞いたのですが。
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変わりはないですね!
以前とおなじように営業しています。
どうなっているのでしょう。



阪急の駅で「神戸元町商店街めぐり」の
地図をもらったので
モトコーと並行しているアーケード街を
神戸駅から元町駅まで歩きます。
阪急には元町駅はありませんがね。
JRと阪神にはありますが。

商店街の
西の入り口付近は元町 6 丁目だとか。
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いきなり!もらった地図からはずれます。

「おいしい野菜のランチがあります」
なんていわれて足を止めます。

「ひょうごイナカフェ」!?
地元の野菜を売っています。

ランチのひとつ
「玉子かけご飯ランチ」
540 円(税込)をいただきます。
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玄米ごはんです。
そんなにお得感はないけど
たっぷりの生野菜が
野菜好きにはうれしい。

6 丁目辺りには野菜を売る店が多い。
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この商店街は幅員があるからなのか
どの店も商品を表まで並べています。

「瓦せんべい」の亀井堂總本店。
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明治 6 年(1873)創業だとか。



5 丁目に入ります。

走水(はしうど)神社。
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こちらは 1,200 年の歴史があるそうな。
なんか!私の周辺の発情した(失礼!)
おね~さん方が喜びそうな
オブジェ(?)がありますが。
そんな不謹慎なもんじゃない?!
筆塚でしょうか。

はた珈琲店。
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常連客はマイカップで飲むと
よくバラエティ番組で
取りあげられている店でしょうか。
個人の200 以上のカップが並んでいるそうな。



看板鳥のいる老祥紀。
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「創業大正四年
「元祖 豚饅頭(ぶたまんじゅう)

南京町広場の前にある「老祥記」と
おなじような文言ですよね!たぶん。
「ろうしょうき」の
「き」の漢字が違いますが同根なんでしょうか。
古事記・日本書紀の「き」の表記に似ています。
なんてね!教養があるでしょ!
能ある豚は日ごろ鼻隠していますがね。

みんなといっしょに歩いていたら
どちらの「ろうしょうき」にも
なかなか寄れないのですが
今日はいい機会です。

先ほどランチをしたばかりですが
食べます。
そのくらい常におなかに余裕がありますぞ。

3 個 1 皿。240 円税込み。
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南京町の「老祥記」より安い。
すごく手作り感(!)のある
「豚まん」です。



田村家具は創業 70 年ですか。
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なにか!甘えて鳴く声!?
お~!
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目線の上方にすごい親子がいますね。

唐突に思い出しました。
この商店街は
江戸時代の西国街道なんですね。
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京と九州を結ぶ幹線。
あちこち細切れで
西国街道の跡をたどっていますが
雨にも濡れない区間はここぐらいかも。



銘菓「ゴーフル」の創業 120 年という
神戸風月堂。(風はかぜかんむりに百)
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ん!?
おなかいっぱいでぼ~っと歩いていると
もう!元町 3 丁目にきているんですね。

明治 10 年(1877)創業の本高砂屋。
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「元祖・高砂きんつば」を
今日も焼いています。

元町 2 丁目にも歴史がありそうな店。
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結婚指輪の正直屋。
「創業 131 年の技」とあります。
指輪も鼻輪もへそ輪も
あっしにゃ縁のないものにござんす。

元町 1 丁目には創業明治 33 年の
呉服商・丸太や。
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平仮名の「や」が面白い。



商店街の東の門はステンドグラス。
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もらった地図には
「ラ・ルーチェ」なんて記述がありますが。

なんのことでしょうね。
La Luce なら
ローマからきたのでしょうか。
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斑鳩 吉田寺放生会 竜田川 [町道!街道!眠り未だ足らず]

修学旅行だぁ!?
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日本人です。
法隆寺を拝観するんですね。
なぜかほほえんでしまいますね。

奈良も京都も英語と韓国語と中国語だらけ。
それにこのごろあんまり
修学旅行生に出会わなかったのですが。

よく考えたら
オラなんか
スマートな(?)おフランス人は
修学旅行なんかしたこと!
1 度もありませんな。
それなのにほっとすることもなかんべ。

鐘が聞こえます。

「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

ここで
正岡子規の句も思い出してちょうだい。

夏目漱石から借金して奈良にきたものの
東大寺あたりでつかい果たして
子規はここには
こなかったような気がするのですが。

こられなかったという説もありますね。
結核がひどくて疲れて。

それはともかく
結核患者じゃないと作れない句だと
風天(渥美清)はいっていたそうな。
鐘の音ががらんどうの肺に鳴るのだとか。
風天も結核で生死をさまよっていますね。



いきなりバッタが頭にバッティング!
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フツーなら
NHK Eテレ(昆虫すごいぜ!)の
カマキリのママになりきった
香川照之のように
ムキになってつかまえに暴れる私ですが
これから吉田寺(きちでんじ)に行くので
おだやかを装います。

藤ノ木古墳。
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だれもいません。
木の下の影に入ってランチにします。
こんな史跡の上で
食べたり飲んだりしてはいけないような。

ひとりで素早くすませます。
大勢連れていてランチなんていうと
目立って叱られたりしますが
ひとりはこそこそできて!いいですね。

このあたりの観光地には
あんまり気の利いたランチはありません。
あるのでしょうけど
懐中不如意は敬遠してしまいます。

スーパー「サンディ」で買ってきたもんね。
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3 点合計で 158 円(税込)でした。
自分で作るより安くて便利。
すごい日本になったもんじゃのぉ。



室町時代の多宝塔のある
吉田寺(きちでんじ)に着きました。
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通称・腰巻寺。
腰巻を持ってきてお願いすれば
婦人病が平癒するのです。

婦人病の他に
苦しまずに一期を終えることができる
「ぽっくり往生の寺」でもあるのです。
ゆめゆめお疑いのないように。

そのありがたい
ご本尊の丈六の阿弥陀如来さまの前に
なにやらひかえています。
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鳥に魚のようです。
これから放生会(ほうじょうえ)
鳩にがし法要!魚にがし法要が
始まろうとしています。



私のような異教徒(!)のバチあたりは
本堂に入れる訳もなく
1 時間あまり外でぼんやりしていたら
あああ!
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みなさん!外に出てきて
白い鳩をにがしています。
わ!
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さっきのバッタのように
こっちに向かってきたものも。

そしてみなさん!移動してしまいました。
魚にがし法要ですね。

遅れて放生池に行ったら目前に魚の袋!?
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でも!杉の生垣の向こうで
なにが起きているのやら分かりません。

池につづく樋(とい)があって
そこから金魚(?)を放流していたようです。
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赤色ではなく!
害敵にねらわれにくい色の魚を
放流してやってくださいな。



歩きます。
龍田神社に参詣して。
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奈良街道かな!昔の面影が残っています。
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酒蔵も健在でした。
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猫坂?!
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前も後ろも右も左も坂なんですが。

竜田川に出ました。
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百人一首の在原業平の
「からくれないに水くくるとは」の
「もみじ」の名所もこの季節は緑色。

ちなみに「水くぐる」という人がいますが
間違いです。
水面を
紅のくくり染めにするということですから。
たぶん!落語の影響でしょうけど。
落語では
水をくぐらなきゃおさまらないのです。

あ!ミドリガメ!?
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あんな 20cm を越える大きな
ミドリガメはいないでしょう。
甲羅に緑色のコケ!?



三室山に上ります。
頂上に休憩所があります。
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しばし!能因法師の五輪塔と対峙します。
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能因法師の百人一首は

「嵐吹く みむろの山の もみぢ葉は
「たつたの川の 錦なりけり

百人一首やら和歌やらに造詣の深い
アラフォー(around 40)の
おね~さんときたことがありましたね。

あの人も色気づいてどこかへ行って久しく
解説者がいなくて
もう秋の風が吹いています。

「去るものは追わず きたるものは拒まず」の
私の処世の方針がぶれることなく生きよう。
ま!みんな「去って」しまって
「きたるもの」がいなくなった人生ですがね。



三室山からころがり降りれば大和川。
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向こう岸に渡れば
JRや近鉄の王寺駅。

駅前の「りーべる王寺」の地下の
イートインスペースに降ります。
ひとりのときにはいつもそうしています。

今日は自分にやさしく「氷」でも。
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「スガキヤ」の「抹茶氷」200 円(税込)!
これくらいな出費で生き返った気がする
可愛い!小さな人生です。



(森英介著/風天 渥美清のうた/参照)
(敬称略)
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土坑が出た 長岡京の夏 [町道!街道!眠り未だ足らず]

長岡京の右京の北の端のほう
二条三坊あたり。
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稲の穂が出ています。
のどかな田園地帯。

長岡第十小学校の校庭から
長岡京時代の掘立柱建てもの跡と土坑!
縄文時代の土坑群が確認されたそうな。
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地表からすごく浅い。
しかも近世に
50cm ほどかさ上げしたといいます。
どうしてこんなに堆積物がないの?!

それはまた考えるとして
掘立柱建てものとは
なんとなく分かりますが
「土坑」ってなんですか?
「どこう」と読むんですかね。

これ!?
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穴ですね!なんの変哲もなさそう。
東西 2.5m 南北 4m 深さ 1.4m あまり。

他にこれより少々小さな土坑がふたつ
みっつ南北に並んでいました。

中から土師器(はじき)片と
須恵器(すえき)片が少量出たくらい。
ゴミ捨て穴じゃないようです。
粘土採掘跡でも便所遺構でもないようです。

まさか当時の町の中の建てもののすき間に
狩猟の落とし穴やら
墓地やらに掘った訳じゃないでしょう。

客土ですね。
「ここの呪われた土を入れ替えなさい」と
呪術師(!)がいったのです。

すみません!
私が呪術師なら
そんないいかげんなことをいうでしょうね。
忘れてください。



今日(2017/08/19)の
長岡京市埋蔵文化財センターの現地説明会は
やさしいですね。

暑いので見学者に冷水を用意したり。
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日除けのテント(タープ)を立てたり。
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それにしても大勢の人ですね。
あんまり交通の便はよくないのに。

この遺跡の真東に緑の丘があります。
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長岡京を北から鳥瞰(ちょうかん)したら
こんな感じ。
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緑の丘が右手から南に延びています。
これを長岡と呼んで
縄文時代から長岡という集落があったので
京(みやこ)の名前になったと
聞いたことがあったような。



あの丘に向けて歩きます。

この町の街路樹はサルスベリ!?
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どの無人販売所にも
ピーマンの類とナスばかり。
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野菜の端境期かな。
ナスを買って背負います。

長岡京は今の行政では長岡京市や
京都市西京区や大山崎町やらに
またがっているのかも知れませんが
長岡宮があるのは向日市(むこうし)です。

その向日市の名前の由来の向日神社が
あの(!)飛び出た丘の上にあるのです。
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丘の端っこから
現代の長岡京(!)を俯瞰(ふかん)します。
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1,200 年前のなんの面影もありません。



ふと寂しくなりました。

騎驢三十載
 きろすること さんじっさい

旅食京華春
 りょしょくす みやこのはる

唐の詩人・杜甫(712 ~ 770)は
長安の京(みやこ)で
この有名な詩を残しています。

科挙の試験には合格しないで
30 歳半ばを過ぎ
制科という試験にも落ちたのですね。

それは杜甫のせいでもないかも。
玄宗はすでに
フツーではなくなっていたのかも。
楊貴妃に心も体も束縛されていて。

なん度も苦渋をなめてきた私は
この丘に立てば
なぜか突然
杜甫の無念さに泣きたくなりました。

長岡京はその杜甫のおなじ時代かも。

長安城は東西 9.7km
南北 8.6km だったそうですから
長岡京はその1/4の規模。

そして 10 年(784 ~ 794)の命。
なにがあったのでしょう。

今見ると京の南東の角が桂川の中です。

川の中に京を造ったとは思えません。

当時の桂川の位置が違っていたのか。
それともそのうち簡単に流路を替えたり
干拓等制御ができると踏んでいたのかも。
分かりません。

でも結果!川に京の南東角をえぐられた!?

それに四神相応の思想が
あったのかなかったのか
北の玄武にあたる山がないような。

それで平安京遷都が行われた?!
ま!根拠は薄弱!寂しい思いつき。
忘れてください。



向日町競輪場に裏から入場。

レースはなく場外車券だけ売っていました。
暑いので!当然だれもいませんよね。
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冷房のきいた車券売り場に
淡々と投票するおじさんやおばさんが
たむろしています。

ここは飲食物を売るブースが 20 以上あります。
観客の規模からいえば!すごく多い。
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でも!今日は元気がありません。
シャッターを下ろしている店も多い。

なにか B 級グルメをと思ったのですが
そのまま正門から抜けて
とぼとぼ阪急・東向日駅へ。

駅前の栄久堂の「天国と地獄」という
まんじゅうを買いました。
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税込み 120 円!
辛いのなんの!

向日市は町をあげて
「激辛」商品を扱っています。



(田川純三著/杜甫の旅/参照)
(敬称略)
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