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奈良の冬 工場跡事務室のほっこり [南都有情]

東大寺の二月堂。
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仰ぎ見る大木の
杉の木は通称(本名かも知らんけど)良弁杉。

ワシ(鷲)が運んできた
赤ちゃんが引っかかった杉。
僧・義淵(643 ~ 728)が助けて育てました。

それにしては大木とはいえど
千年を越えてはいないような?
若い!?
なん代めかの杉の木ですね。

その赤ちゃんが東大寺開山の
良弁(ろうべん 689 ~ 773)ですか。

人形浄瑠璃で有名になったはなしのようですが
その浄瑠璃の初演は 1887 年のようです。

どこかに引っかかっていたとか
動物が運んできたという
偉人の出生ばなしが各地にあまたありますが
良弁の場合
浄瑠璃になる前に
すでに伝承されていたはなしでしょうか。
それとも、、、。

最近!同道していたおね~さん方に
いや!おばさんといったほうが!
いや!尊敬して刀自(とじ)というべきか!
ま!そんな親愛なるみなさんに
「行基杉」といったかも知れません。

すみません!間違っています。
頭の中のイメージは良弁と行基は違うのですが
口が!この口が!
勝手に間違えてしゃべるんですよ。

行基(668 ~ 749)こそ
東大寺創建の尽力者じゃないかと
日ごろ思っているものですから。

二月堂に上がる外の石段。
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いろんな線刻がありますが。
意味とか由来とかがあるのでしょうか。



鐘楼があります。
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そりゃ!ありますよね!
日本三大梵鐘ですからね。
というのは
大昔に除夜の鐘を撞いたきり
年になん度も奈良公園を散策しているのに
この鐘の下を歩いた記憶がありません。

突然!新鮮な気分。



東大寺の大仏殿の前に
工事用の大屋根が架けられています。
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廻廊の保存修理ですか。

入堂口が正面の中門に変更されています。

困ります。

ここからのぞいて正面の大仏殿を拝んで
写真を撮って
みなさんに
十分!観光!拝観したつもりになってもらい
入山料を節約していたのに!

退堂口に変更になった東楽門では
中国語を使うグループが
強引に入堂しようとしていました。

「中国」強い!
無茶苦茶です!
どどっと入ってしまいましたよ。
入場料!節約ですなぁ。
節約というより不法侵入でしょうけど。
「中国」強い!

この真冬にミニスカの女の子は
たいてい韓国語をはなしています。

古都には韓国語と中国語だらけ。
そちらの国からきた文化ばかりでしょうが。
そんな国のみなさん!珍しいの!?



西に!焼け門に向かいます。

焼けたから焼け門。
境内の西の端にあった東大寺の中門でしょう。
先ほどの中門は大仏殿の中門かな。

あら!
昔でいえば!まだ境内の内。
古い!さびれた(失礼!)建てもの!
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古い建てものが珍しくて
歩を止めたのじゃありません。
カップの絵と喫茶スペースとが描かれた
小さな看板が出ています。

「工場跡事務室」という屋号。

古いくすんだ事務室(たぶん!)の中で
コーヒーをいただきます。
税込み 550 円。

高価です。
しかし!この空間をどう評価するかでしょう。

飲料工場だったそうです。
これだけのものを一から演出するのは大変です。
近代のデザインで
最新の材料を使い造作するほうが安あがりかも。

錆びて穴の開いた金網越しに
先ほど歩いた道を仰ぎながら
古都の暗い冬を感じてときを過ごします。
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ここには
厚かましい「中国語」はまだ攻めてきません。
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奈良市にある飛鳥 梅はちらほら [南都有情]

世界遺産・元興寺の境内に
「飛鳥小学校 発祥の地」の碑がありました。
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奈良市内にも「飛鳥」があるのです。

「あすか」といっても
だれも奈良県高市郡明日香村大字飛鳥と
狭く限定しようとにわかに考えません。

漢字で「明日香」といえば明日香村を指し
「飛鳥」と書くのなら
飛鳥寺を中心に
明日香村!橿原市!桜井市!高取町のあたりを
おぼろげに思い浮かべたら
いいような気がします。

と!かの地を歩くときに
集まってきた諸先輩方にいってきたのですが。

奈良市の「飛鳥」は
高畑町の瑜伽神社(ゆうがじんしゃ)あたりに
中心があるような。

静かです。
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通りひとつ違えば
観光客が佃煮にしきれないほどいるのに。

宇迦御魂大神(うがのみたまのおおかみ)が主祭神!?
石灯籠には瑜伽(ゆうが)大権現とありますが。
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いずれにしても私には難解な漢字です。
すぐ読み方を忘れてしまいます。

平城京遷都の折
飛鳥から移ってきた神さまのようです。

「飛鳥小学校」の碑のあった元興寺も
飛鳥の法興寺が移転してきているのですね。

でも!元の法興寺は今も飛鳥にありますけどね。
名前は飛鳥寺と変わっていますが。
ま!無学なやじ馬は無用な詮索はやめましょう。



大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の
歌碑があります。
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読めません。
佐佐木信綱編/白文 万葉集/と
新訓 万葉集/を頼ります。

歌の前に
「大伴坂上郎女詠元興寺之里歌一首」とあります。
元興寺の里(ふるさと?)を詠んだ歌ですか。

古郷之 飛鳥者雖有
青丹吉 平城之明日香乎 見樂思好裳 (992)

ふるさとの あすかはあれど
あをによし ならのあすかを みらくしよしも

故郷の飛鳥はあるけど
奈良の飛鳥を見るのもいいものね
とかなんとか?!
かの女は故郷の飛鳥を恋しく思っているの?!
いないの!?
いや!やっぱり故郷をしのんでいるのでしょうね。

その昔は
この丘から故郷が見えたのでしょうか。
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ともかく!このあたりを
「平城(なら)の飛鳥」と呼んでいたようです。



丘の向こうの鷺池に降ります。
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浮見堂にひとひらの春もありません。

池の上の片岡梅林。
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ちらほら咲いている木もありますね。

年々梅の木に勢いがなくなっているような。
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気のせいでしょうか。



春日大社の石灯籠のこけを落として
新しい紙を貼っています。
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貼った端から食べているものがいますよ~!
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おいしいの?!

私も食べてみようかな。(冗談ですからね)
大昔!鹿せんべいを食べたことがありますが
全然おいしくはなかったような。

春日大社に鹿の顔の形の絵馬ができていました。
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(敬称略)
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元興寺の節分 火渡り行 [南都有情]

節分(2017/02/03)です。
奈良町の世界遺産・元興寺。
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年越しの厄除けの祭事が行われるようですが。
まだですね。
午後からですか。
他の寺院に行ってみませんか。

おなじ世界遺産の東大寺に。
二月堂の舞台から豆まきしていたような。
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だれもいませんね。

ああ!下で豆まきするんですか。
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二月堂で祭事が行われるのかも知れませんが
一般の人に豆をまくのは
三月堂と四月堂の間!
二月堂がちらりと見えるあたりですか。

ここも午後ですか。
それにしても大勢の人が。
なん時間も前から熱心ですね。

また奈良公園をさまよいます。

興福寺です。
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ここも世界遺産ですね。
世界遺産だらけですね。
わが家には太田胃散もないのに。

豆まき用の準備ができているような。
でも!人がいませんが。
「鬼追式」は午後 6 時半!?

全然行事にあたりませんね。



それで元興寺に帰ってきました。

おお!
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大勢の善男善女。
なにをしているのか!全然見えませんが
矢を放ったり!剣を振り回しているようです。

点火されました!
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厄除け・招福祈願の
柴燈大護摩供(さいとうおおごまく)だそうな。
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炎の中に
不動明王を勧請して!祈願するのだそうな。

おお!見えますぞ!
見えました!
純な心の私には。
紛れもないお不動さまのお姿が!

「よくもまぁ!口の減らない人生」

つぎに火渡り修行だそうな。
あの燃えさかる中を歩いて祈るのですね。
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「大火傷(やけど)をするじゃない!」

滅却心頭火亦涼
(しんとうをめっきゃくすればひもまたすずし)
ですよ!

「なんのおまじない!?」

晩唐の杜荀鶴(846 ~ 904)の
詩の一部ですがね。
杜荀鶴が
火中に身を投じた訳じゃないのです。

深沢七郎の小説の
「笛吹川」が映画化されてね、、、!

「手短かにね!冗長な説明は嫌い!」

織田信長が恵林寺(えりんじ)を焼くのよね。
熱いよね!中にいると。
その炎に巻かれながら悠然と座って
快川(かいせん)という禅僧が
杜荀鶴のこの詩をいっていたのを
観たことがあります!
映画研究会(?)のころに。

「あなたの研究はエロ・グロ・非合法(?)の」
「映画ばかりじゃなかったの!?」



あれ!?
焚き火を崩して並べ替えてしまいました。
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火がついてないじゃないの!
煙も出ていないような。

つぎつぎに老若男女!
未就学児童さえ素足で渡って行きます。
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「心頭滅却しなくても大丈夫じゃない?!」
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どうなっているのでしょう。
お酒をいただいて落ち着きましょう。
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この後
豆まきが催行されるそうですが。

「鬼の私たちはおいとましましょう」

あ!ここは
「福は内!鬼は内!」ですよ。
福も鬼も内ですよ。
生きとし生けるものはみな
地球号の同乗者ですから。

「たぶん!その意味じゃないとは思うけど」



(敬称略)
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古都奈良 京街道 葛とじごはん [南都有情]

古都奈良の興福寺。
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五重塔は 50m !高いですね。
しかし!東大寺の東塔や西塔は
33 丈あったといいますから
地上高 100m !
この倍の高さですか。

昨年は東塔の発掘の話題がよく出ていました。
現在現場はどうなっているのやら。
午後から時間があるのでのぞいてみましょうか。

京街道の入り口まできました。

歌碑でしょうか。
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見渡者
春日之野邊尓霞立
開艶者櫻花鴨

みわたせば
かすがののべにかすみたつ
、、、、、、さくらばなかも

あら!今日はすらすら読めたと思ったのに
「開艶者」が分かりません。

よく同道するお色気おね~さんが
こんな聞きたいときにはいないものですね。
人は見かけによらず(隠してもいますが)
古歌に造詣が深いと日ごろ感じているのですが。

万葉集ですね。
今!佐佐木信綱編/新訓 万葉集/を見たら

みわたせば
かすがののべにかすみたち
さきにほへるはさくらはなかも

とありましたが。
「さきにほへるは」じゃ私には読めませんよね。

近年このあたりに県花・市花の
ナラノヤエザクラをたくさん植樹しています。
この花は遅いです。
5 月の頭!ゴールデンウィークのころ。



北に!京都方面に向かって歩きます。
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「みとりゐ池」とあります。
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東に向けば東大寺の南大門。
その門が見えるあたりの池ということ?!
漢字で書けば「見鳥居池」かも。

轟橋(とどろきばし)の碑。
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なにもありませんが
その昔は南都八景のひとつだったそうな。

雲井阪(くもいざか)ですか。
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ここも南都八景「雲井阪(坂)の雨」あたり。
今は北にゆるやかに下っていますが
その昔は急坂で霧がかかれば美しかったのでしょう。

一里塚の碑。
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京街道!
もっとも京都から見れば奈良街道でしょうけど
その起点を示しているのでしょうね。

こんなことばかりしていると
なかなか前に進みませんね。はは。



一里塚の近くに「東大寺 西大門址」の碑。
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平城京の二条大路がぶつかるところ。
ということはここが東大寺の正門だったのかも。

碑の向こうに黒ずくめの建てもの。
なんでしょう。

「吉野本葛 天極堂」でした。
2 階から逆に見れば。
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ランチタイム限定の
葛とじごはんをいただきました。
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鶏肉や鶏卵や野菜の葛あんが
ごはんにかかっていましたが。
864 円。
本くずは高価なものですね。

冬には体があたたまります。



さらに北へ。

焼け門跡。
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ホントは中門というのでしょうけど
火事で焼けたままですから
「焼け門」と呼ばれて久しい。

秋暮るる奈良の旅籠や柿の味
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「子規の庭」にある歌碑。

子規はここにあった旅館で
「柿くへば鐘が鳴るなり東大寺」
の句を思いついたはず。

「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」は
うんと後に発表したものじゃないでしょうか。

ここで漱石から借りた 10 円をつかいはたして
法隆寺には行かなかった!行けなかったのでは。
私の勝手な推測ですけどね。
子規の年表では
雨の法隆寺に行ったとありますけどね。

わ!
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殺気を感じてふり返れば
変な憶測をとがめるように
たくさんのヤドリギ?!



国宝の転害門(てがいもん)です。
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門の向こうに若草山が見え隠れしています。

奈良県庁の屋上から見る
「若草山山焼き」の抽選に今年もはずれました。

もうすぐ(2017/01/28)ですね。

転害門からいにしえの一条大路を
平城京に向けて西行します。

聖武天皇の御陵を遠くから拝して帰ります。
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ん?!
聖武天皇!東大寺建立!
あ!東大寺の
東塔跡を見るために歩いていたのでした。

新年早々なにをしているのやら。
いつもと変わらないからめでたいのかな。
「おめでたい」だけですね。



(敬称略)
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奈良の初えびす 春鹿の利き酒 [南都有情]

近鉄・奈良駅から南へ。
もちいどのセンター街をさらに南下。
東に入る路地のひとつがはなやか。
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南市恵比寿神社につづく細道。
ふだんは静かで
寂しい(失礼!)ところなんですけどね。

毎年 1 月 5 日は「初えびす」だそうです。
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「五日えびす」ともいうようです。

「南市恵比須神社」ですから
「南市・初えびす」が本名(?)です。

鎌倉時代ごろから
この周囲で元興寺の僧衆が開いた市が
「南市」というのだそうな。
南都にあった三大「市」のひとつ。

関西では西宮神社を中心に大阪も京都も
十日戎(とおかえびす)すなわち
1 月 10 日に大騒ぎ!いや!失礼!
善男善女が参詣に集まっています。

しかし!わが町の山阪神社は
大阪市内なのに「八日えびす」なんですが。

奈良には「五日えびす」もありましたか。

今日は路地を一方通行にしているとか。
こちらは帰り道だから南に回れといいます。

わ!
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狭いところに人が集中していて牛歩。
今は空いているというけれど
神社まで 30 分はかかるそうなので
お詣りはしないものは前に行かせてもらいます。
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建てものの間で窮屈にお住まいの神社が
今日は主役ですね。

「お接待」というのか「ふるまい」というのか
「あめゆ」やら「粕汁」を配っていました。
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熱燗(あつかん)は有料でした。
それまで無料でいただこうなんて
厚かましいですよね!はは。



元興寺に向けて南下して
そこから東に向かうと大きなお屋敷。
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「今西家書院」ですね。

室町時代のもの?!

この家が今の一般住宅の和室の
嚆矢(こうし)じゃないかといわれています。

こんなお屋敷にお嫁に行かないようにね。

アラフォー(around 40)のおね~さんに
間違いがないようにいって聞かせます。

「ん?!」

毎日の掃除が大変なんだから。
部屋の数が多過ぎて。

「掃除の心配をしなくても、、、!」

あ!お手伝いさんがいますか?!

「その前に!」
「そんな縁談が私にくる訳ないでしょ!」

あ!そ!

隣家が「春鹿」ですね!酒蔵の。
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「今西清兵衛商店」といいますから
「今西家書院」の持ち主ですかも。

いいですね!お酒!飲み放題ですよ。

「私の縁談は放っておいて!」



では!気を取り直して
利き酒(ききざけ)をお楽しみください。

まず!グラスを買います。
500 円(税込)です。各自で払いましょう。
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30cc くらい入りそうですね。

「それは!あふれるほど入れた場合でしょう」

それにつぎつぎ
5 種類の自慢の日本酒を注いでくれます。
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おまけに濁り酒を少し。
ま!全部で 1 合近く飲めましたか。

おいしかったですね。
ほろ酔いになりました。

グラスをもらって帰ります。
大切にして
お嫁入り道具にしましょうね。
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