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島津製作所貴族邸宅跡 まめ家の豆づくし [昼定食]

午前 9 時半(2017/08/05)を
回ったころに着きました。
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島津製作所の
本社・三条工場(京都市中京区)内の
発掘調査現場。

京都市埋蔵文化財研究所の説明が
10 時から行われると聞いてきましたが
もう!始まっていますか!
早い時刻から
雲霞の如く
人が押し寄せているからなんですね。
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考古学の好きな国民です。

平安時代(9 世紀前半)の建てもの跡が
4 棟分も出土したそうな。
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ビルを建てるたびに調査をしているのか
1985 年にこの西側を
1988 年にこの南側を掘ったのだそうですが
いずれも大きな遺構を見つけています。

高級貴族の邸宅跡。
だれだか特定はできていないようですが。

平城京の碁盤の目のような区画のひとつ
120m 四方を独占していたようです。



当時の地面はかなり下だったのですね。
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洪水が土砂を運んだのでしょうか。
掘り上げた土に荒い岩石が見えるような。
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石じゃないそうです。
粘土質の土のかたまりが乾燥して
遠くからでは石のように見えたのですね。

日本の土地は日夜動いています。
削られるか埋まるかしていますから
1,200 年分はそんな深さになるんですね。

1 年に 2mm 堆積があれば
1,200 年には 2m 越ええますか。
その上!明治時代に
50cm ほどかさ上げしているといいます。

私だけとんちんかんな質問ばかりして
すみません。

出土品に灰釉陶器や緑釉陶器が!?
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貴族が使っていたのでしょうか。

土師器(はじき)や
須恵器(すえき)もたくさん。
使用人が多くいたのでしょうか。

土師器から須恵器に完全移行したものと
記憶していたのですが
同時期に使用しているのですか。

はは!中学生ほどの知識もなく
自分で笑ってしまいます。

恥ずかしいので早々に帰ります。
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三条通りを東へとぼとぼ。

暑い。
精神が軟弱ですのですぐバテます。
JR二条駅から乗りますか。

あれ!?
静かな住宅街の中に
ふしぎな(失礼!)建てもの。
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喫茶店ですか。
「まめ家」!
「豆乳とおまめのカフェ」だそうな。

建てものに入ると
2 階に上がるように書かれていました。

和風を洋式に改装したような感覚。
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鉄骨造りのようですが。

昼どきですので
「おまめランチ」というのをいただきます。
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税込み 980 円。

黒豆ごはん!豆乳スープ!
おからハンバーグ!黒豆茶!等々
豆づくしでした。

幼少のころ
「畑の肉」だといって
煮豆や油揚げや
みそ汁ばかり食べさせられました。

こんなバラエティに富んだメニューなら
楽しかったのですが。

早いはなし!
獣肉や鶏肉が買えなかったのですね。

貧しい日々でした。
ん!?
今はもっと貧しいぞ!
朝昼晩 3 食とも
納豆と沢庵のしっぽで
命をつなぐ日もあります。

納豆は安い!

輸入大豆を使っているのでしょうか。
こどものころには
アメリカ産の大豆は脂肪分が多くて
納豆はできないといっていたのですが。

古事記では
死んだ大気都比売(おおけつひめ)の
目に稲!耳に粟!鼻に小豆(あずき)!
陰(ほと)に麦!尻に大豆が生じています。

大豆は日本の!東南アジアの!
モンスーン地帯の
特産物にほかならないのです。

もっとも!
明治 6 年(1873)
日本産のタネをまいたのが
アメリカ大豆生産の嚆矢(こうし)!?

あいかわらず思考力が宇宙遊泳?!
どうしましょう。
タグ:古事記
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