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摩耶山 天上寺 雨中の彷徨 [野道!山道!恋はけもの道!]

摩耶山(まやさん 神戸市)を登るケーブルカーの
上の駅を降りて
とう利天上寺(とうりてんじょうじ)に
向かいます。
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かなり広い参道ですが
イノシシのかき回した跡ばかり。
梅雨期とはいえ寂しい道ですが。

廃墟、、、?!
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「摩耶花壇跡」だとか。
つづいて「峠茶屋跡」が。
なにか不気味な小道ですが。

「丁石」がありますね。
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ということはこの道で間違いないと思いますが。
大きな石灯籠の一部がころがっていたりして!
やっぱり!変です。
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山門(仁王門)があります!やれやれ。
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それから幅員のある立派な
石段が上って行っていますが
両脇にあるはずの塔頭がひとつもありません。
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天上寺です、、、?!
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天上寺の「跡」です、、、!?
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廃墟です。
建てもののかけらはまったくありません。
寺院の痕跡だけがある広場です。

1,000 年前の遺跡のようにも見えます。
が!
持参している地図には天上寺があるのですよ!



ああ!朝から変でした。
阪急電車に乗ったのですが
地図にある「西灘駅」で降りようとして
あわてました!

「西灘駅」がないのです。
「王子公園駅」に名称を変更していました。

住宅街の中の急坂をとぼとぼ歩いて
「摩耶ケーブル」に着いたのですが
ケーブルカーだけの乗車券を求めると
駅員に「どちらに行かれますか?」なんて
心配(?)されたりして、、、?!

他の乗客はみな
ケーブルと
その先のロープウェイをセットで買っています。

天上寺まで歩いて行くというと
梅雨で荒れているので注意するようにと
親切な助言、、、?!

そうでしたか!
天上寺は忽然と消えていたのですね。
駅員が問うはずです。
私はおかしい人でしたか。

朝!あわてて
手近な地図をつかんで出てきましたが
これは大昔のものでした。
昭和 40 年代の古書(!)かも。
いつも携帯する地図ではありませんでした。

そういえば
ケーブルとロープウェイと合わせて
「まやビューライン」という名称になっていて
その駅名も違っています。



そぼ降る中!ともかく上りつづけます。

八十八か所の石室があったようです。
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山城跡やら奥之院跡やらを越えて
雨中の山中!たそがれどきのように
カメラがフラッシュを要求する森を抜けると
忽然と天狗岩!
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この山系にもいくつか
天狗の名のついた場所があるようですが
ここはおどろおどろしいこと!かぎりなし。

ロープウェイの山上駅に着きました。
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広い展望広場・掬星台(きくせいだい)です。

「1,000 万ドルの夜景」が見られるそうですが
雨の夜ではどうなんでしょう。
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雨で消える灯ではないでしょうけど。

そういえばケーブルを降りたところに
「千万弗展望台跡」と書かれていました。
移動したのかな。

行くあてもないので
こどもたちの声のする山中に入れば
「あじさい池」という名のあじさいの咲く池。
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河骨(こうほね)の群落がありました。
こんなに大きくなるものですか。

こどもたちはカエルなんかを捕まえて
名前を同定していました。
学習のじゃまをしてすみません。



路線バスの走る奥摩耶ドライブウェイに
「天上寺」が!?
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天上寺がありました!

昭和 51 年(1976)に賽銭泥棒が放火して大炎上。
こちらに場所を移して
再建されていたのですか!

先ほどくぐってきた仁王門は
唯一焼け残った山門の一部だったのですね。

沙羅の花の咲く石段を上がります。
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「日本第一女人加護」の
「摩耶夫人(まやぶにん)堂」があります。
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「安産腹帯」の発祥の霊場だそうです。

天空の仙郷を表現したという
枯山水庭園の中の金堂。
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この寺院は
山肌に舞台を造ってから建てられたような。

境内を駐車場にして稼いでいる
いかにも俗っぽい寺院と違い
なんともはや!清々しい境内です。



(とう利天上寺の「とう」の漢字は「立心偏+刀」)
(摩耶夫人はお釈迦さまを産んだ 7 日後に)
(とう利天に転生したといわれています)
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食道楽の赤茄子飯 [七面鳥六目半ごはん]

ホールトマトの缶詰が出てきました。
イタリア製。
賞味期限がぎりぎりセーフ。
過ぎても食べられない訳じゃないでしょうけど。

酸味があります。
私向きかも。

といっても
梅雨空の下で
灰色の脳にカビが生えてしまっていて
メニューが思いつきません。

つけ焼き刃的に手近な本をぱらぱら。



「食道楽」がありました。

村井弦斎(1863 ~ 1927)が書いた
明治 36 年(1903)の新聞連載小説。

これが料理書といえるかどうか分かりませんが。

ところどころに
レシピらしい記述はありますが
ま!いたるところに
衣食足りないもの(私ですが)には耳の痛い
「教訓」をたれまくった小説ですね!
荒っぽくいえば。

今!気づきました。

「食道楽」は大変長い小説です。
それで今まで横着ものの私は
原本に忠実な本を持っていながら
簡便に現代語訳(?)の
村井米子編訳/ばかりを見ていたのですが
これが大きな間違いでした。

比べてみると
「編訳」は勝手にはしょりにはしょって
原作が独善的な訓戒だらけなのに
さらに訳者(?)が
自分の道徳観まで重ねていました。

この編訳者は弦斎のこどもらしく
幼児期からのしあわせな生活を
自慢たらしく書き添えもしています。

「食道楽」の単行本は売れに売れたそうな。
この時代を代表する著名な
尾崎紅葉!幸田露伴!坪内逍遥!森鴎外の
4 人合わせた本の数倍売れたそうな。

結果 16,400 坪の敷地に住んで
ユートピアのような生活ができたそうな。

そりゃ!娘もシモジモのもの(私ですが)には
大きな顔ができますわな。

ちなみに
「食道楽」に
「しょくどうらく」とルビがありますが
私は「くいどうらく」の方がいいような。
新聞連載時も
初期には「くいどうらく」だったとか。

「くう」はお下品!
「たべる」といいなさいといわれもしますが
そうでしょうかねぇ。



トマトは「食道楽」時代には
「赤茄子(あかなす)」ですか。

赤茄子の単語はたくさん出てきます。

その中のひとつ
「赤茄子飯(あかなすめし)」は
洗い米 2 合を
バター大さじ 1 でキツネ色に炒め
赤茄子 2 斤を湯むきしてきざみ
米と合わせ炊飯するというもの。
塩・胡椒とスープ 3 合を加えます。

それで理解は可能なのですが
村井米子は
米 2 合は 1 カップ
スープ 3 合は 1.5 カップと訳しています。
訳してもらわない方がいいのですが。
1 カップは 200cc くらいじゃないでしょうか。

別のレシピの
牛乳 1 合は 180cc と訳(?)しています。
前記の「合」と整合性があるのでしょうか。
気にしない方がいいですかね。



洗い米をたっぷりのマーガリンで炒めます。
あ!
本文にタマネギも使うとありますね。
炒め合わせる!?
それとも炒めないのかも!読み取り不能。
とにかくあわてて切り
私は炒め合わせましたが。

塩・胡椒をしてホールトマトを加え
あ!
スープがありません。
スープの素もありません。

水を加えて
昆布の切れ端を放り込みました。
ないものはなくてすませるに限る!なんて
檀(一雄)流クッキングになってきました!はは。

トマト缶といっしょに
トウモロコシの缶詰も出てきましたので
加えてみたらどうでしょう。



おいしいです。
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食道楽の赤茄子飯の範ちゅうに
入るかどうか分かりませんが
胡椒が味のアクセントになっています。



(敬称略)
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八尾空港の怪 やさかのぶっカレー [食い逃げ未遂]

八尾南(やおみなみ)駅。
谷町線の南の端の駅。
大阪市営地下鉄ですが八尾市にあるようです。

北に出ると!
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広大な荒れ地(?)が広がっています。

地下鉄なのに駅は地上にあります。
車両基地になっています。
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空地の出入り口らしいところに立っていたら
くるまが出てきました。
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もしかして八尾空港のパトロールカー?
この空地は八尾空港の一部でしょうか。

東に進めば
滑走路がありました。
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空港ですね。
空港のロビーか
レストランで休憩させてもらいますか。

そんなしゃれたもの!見あたりません。
だいいち!飲食店はおろか
なんの店舗もありません。

航空写真とか航空測量とか
遊覧飛行とか宣伝飛行とかの
看板を掲げている会社が並んでいるだけ。
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昼どき!
弁当を配達するくるまが通り過ぎました。
すがるのはそれですか。
なにもないのですね!
たとえばカップルで旅立つときの
心の高揚を味わう場所は。

だいたい旅行者がいない。
そんな空港じゃないのですね。

水場に集まる夏のチョウ(蝶)のよう!
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小形の飛行機が
いっぱいかたまっているのを見て!帰ります。
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空港の北の方に歩けば
店舗が並んでいる通りに出ました。

「ぶっカレー」!?
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登録商標だそうですが。
あんまり麺類には食指が動かないのですが。
私はごはんかパンがいいのですが。

あ!食指の動きがにぶいだけですよ!
ご馳走になるときには
人の倍のスピードで
人の 3 倍は食べられますよ。
お試しあれ。

「ぶっカレー」とはなんでしょう!
「讃岐うどん やさか」に入店します。

これ!
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うどんのメニューに
「ぶっかけ」というものがありましたね。
うどんにちょっと少なめで濃いめのだしを
ぶっかけて食べるというもの。

そのだしがカレー味なんですね。

「温」と「冷」があったので
「冷」にしました。

横の小皿はしっかり味のついている油揚げ。

650 円(税込)!
おいしかったですよ。



向こうに見えるのは八尾南駅ですね。
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広い空地に夏草が茂っています。

と!
「撮影してはいけません」

大阪府警だという制服のおじさんがふたり。

“なんでですか?!”

「無断で撮影された人から被害届が出るから」

“だれもいませんよ”

「でも!写るから」

“それはだれ!?この空地はな~に?!”

「この空地がなにか知りません」

被害届が出る!
だれから?
写った人から!
だれの!なんの土地?
知らない!

堂々めぐりの会話!キリがなし。
吉本新喜劇の舞台みたい。

だいたい!なん時間か前に
パトロールカー(!)と
「こんにちは!」したけど
平和でしたよ。



気分が悪い!
やっぱりあれは
警察の制服を着た芸人だったのでしょうか。

八尾南駅に写真がありました。
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八尾南駅の開業時(1980)のものらしい。

駅の車両基地の横に飛行機がいっぱい。
あの空地はその昔には
八尾空港として使用されていたのですね。

この地下鉄工事中にこの付近で発見された
須恵器や甕(かめ)の
レプリカが飾られていました。
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ドジョウが団体でやってきた [手のひらを太陽に]

「どじょう(泥鰌)!売っているそうよ!」

お色気!いや!もとい!
スレンダー美人の
アラフォー(around 40)のおね~さんがいいます。
ま!ご尊顔は年齢より若くて美人ですが
最近はおめでたでもないのに
おなかの回りがふくよか、、、?!
ここでいわなくてもいいことですが。

大阪市内では「どじょう」を
売っていないといっておいたのですが。



大阪市内の店頭に「川魚」がないんです。
大阪で食べる習慣が
なかった訳じゃないようなんですが。

たとえば
100 年近く前の食生活を聞き書きした
「聞き書 大阪の食事」を見ると
大阪府の各地で
コイ(鯉)!フナ(鮒)!モロコ(諸子魚)!
なんかを日常的に食していますが。

魚ではないけど
淡水の「タニシ(田螺)」なんかも。

どじょうは
どじょうにゅうめん(北河内地方)!
どじょう寿司(摂津地方)!など
特別な料理もありますが。

大阪市内に育ったおじいさんたちも
その昔に
「川魚をたくさん獲って食べた」といいます。

ところが!
街の商店に川魚がないのです。
看板に「川魚」と書いてある店にも
せいぜい「ウナギ(鰻)」と
「シジミ(蜆)」が並べてあるくらい。

古都!
たとえば
京都や金沢の店頭にはありますよね。
どうして!古都なのに大阪には?!



今!カワニナ(川蜷)の水槽に
10cm を越えたどじょうが 2 尾いますが。
私が顔を出すと
昼間でも「なにかちょうだい」と寄ってきます。

可愛いものです。

もう少し仲間を増やしてやろうと
考えていたのですが。
ペットショップのどじょうは高価で
飼いにくい品種のものばかり。

食用か他の魚のエサ用に売っているどじょう!
もしくは居酒屋で唐揚げにする前のものを
バケツを持って行って
買ってこようと思っていたのですが。

復唱しますが
大阪市内の商店街の川魚店に川魚がないのです。



「スーパーに売っている!信用できる情報だよ」

そんなぁ!見たことも聞いたこともないよ。

「大阪のスーパーはあかん!」
「四国のスーパーにはどこにでもある!」

四国まで行くのなら
郊外の川に獲りに行く方が、、、。

「大阪市にある四国のスーパーに行きなさい」

あるの!?そんなスーパー。



自転車で散策がてらに西成区の端っこへ。
西成区を越えて住之江区に入ったところに
「山陽マルナカ」という
スーパーマーケットがありました。

「山陽ですかぁ!」
「四国じゃないですね」

ん!「山陽マルナカ」は
四国の高松市で創業したスーパーですって。

でも!まさかね。

あ!!
ありました!
鮮魚売り場の冷蔵ケースの横の水槽で
生きた「どじょう」がピチピチはねていました。

100g 498 円!
無口なイケメン店員がぴったり 100g
袋に入れてくれました。



15 尾いました。

外見はどれも美形なので
いきなり水槽に入れました。

他の魚も貝も水草も浮き草も
池や川からきたものが大半です。
そんなに病気や寄生虫を用心して
丁寧に扱うこともありませんから。

すぐ底についてじっとしていましたが
1 時間もすると
荒っぽく踊りまくっていました。



深夜です。
どうしているのかな。

あ!
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いきなり飛び出してきたものが!
カワニナのエサの
朴葉(ほおば)にもぐっているものも。

踊りに踊っているものも。
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しかし!踊っているものは少ない。
隅の方に立った(?)ままのものも。
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ま!だいたい他のものも
あちこちに散らばってこんな調子。

シジミの棲家の
砂の箱にも取りついています。
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まさかシジミを放り出して
もぐったりしないでしょうね。

先輩の大きいどじょう 2 尾が
ちらと顔を見せただけで水草に消えました。
寂しそうでした。

弟や妹ができると
おね~ちゃんはすねるのかなぁ。



ところで
ご教示くれたアラフォーおね~さんは
スーパーの情報を
どうして入手したの?!

四国出身のオトコができたのかなぁ。
どなたと仲良くされても!
どうじょうのようにすねませんけどね!私は。

もしそうなら
おめでたいオトコ!いや!めでたいコトです。
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六甲山夏山の季節到来 幻のグルーム祭 [野道!山道!恋はけもの道!]

たまたま乗った
六甲ケーブルは展望車でしたが。
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晴れていたら快適なんですが
横から雨が吹き込んできます。

六甲山上駅の中は薄暗い。
六甲ケーブル下駅は建て替えられましたが
六甲山上駅は開業時(1932)のまま。
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重厚です。

ん!?
傘をさしています!構内なのに。
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雨のせいじゃありません。
傘の数だけツバメの巣がありました。
糞を受け止めているのですね。
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駅の上の天覧台に上がってみます。
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1000 万ドルの夜景が見られる場所です。
飛んでいるキジ(?)は健在ですが
神戸の海と街は雨にかすんでいました。



車道(サンライズドライブウェイ)を
北に上って行き記念碑台に。
アーサー・ヘスケス・グルームが
寂しそうに雨に濡れています。
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今日(2016/06/25)は
「グルーム祭」じゃなかったのでは!?
夏山開きの安全祈願祭をそう呼んでいます。

グルーム(1846 ~ 1917)は愛称「六甲山村長」
六甲山の開発や
道路!登山道!植林!砂防等の整備に
尽力したのだそうな。

広場にある
六甲山自然保護センターに聞いたら
午前中に関係者だけで室内で催行したのだそうな。

北の裏六甲から
南の瀬戸内海の方から
いろいろなハイキンググループが登山してきて
にぎやかに
「お祭り」をしているものと思ったのに。

ハイキングしてきた人は皆無?!



ん!?
自然保護センターに流れていた歌は
「神戸裏山ハイキングの歌」だそうな。
昭和 10 年(1935)服部良一作曲!

ちなみに「神戸裏山」とは
「裏六甲」じゃないんですね。

神戸の町の裏山!
つまり六甲山とその山麓のことでした。

そうですか!
服部良一は六甲山の歌を作曲していましたか。

有名な「青い山脈」は
どの山を見て曲想が湧いたか?!
「六甲山」と
「天王山」が争って(?)いますが。

それは服部の証言が
あいまいなことが(拙ブログ2014/04/12
迷走している一因でしょうけど
これでなにかヒントが得られたような!
そうでもないような!?

ま!こんな非生産性なことを
雨に打たれて考えているものはそういますまい。
ご先祖さまに申し訳ない。



斜めからくる雨に逆らって
西六甲ドライブウェイを西に歩きましょうか。

おお!いい匂い!
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六甲山ホテルの
ジンギスカン・バーベキューのレストラン。

1 度だけ大昔に食事したような。
忘れるほど大昔ですが。

ながめがいいですよ。
おいしいですよ。
高価ですよ。

高価ではねぇ!ランチ抜きでも平気だい!

丁字ガ辻。
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古い郵便ポストと
今では珍しい公衆でんわボックス。
ちょっとほほえましい。

崖に舞台になった木製の歩道を歩きます。
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まぁ!すべる!すべる!
私の軽登山靴はすべって危ない。
ひとりでハラを立ててすすみます。

三国池。
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標高は高いところにありますが
ま!平凡なため池ですが。

この畔にグルームが別荘を建てたそうです。
それが六甲山上の人家と別荘と
外国人の居住の嚆矢(こうし)だそうな。



ピンクが少しついた白い花びらが
あちこちの山道に散っています。

ヤマボウシの花でしたか。
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可愛い実がついていますね。

穂高湖も雨の中。
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もうザリガニ釣りの
女の子もいません。(拙ブログ 2016/05/29
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私はなにをしているのでしょう。
なんか倦怠感がいっぱい。

向こうに六甲山牧場がかすんでいます。
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あそこに行ってヤケクソで
高価なものでもいただきますか。

それとも森林植物園まで行って
無料の送迎バスで帰りましょうか。

どうでもいいような、、、。

グルームの初代の顕彰碑は
昭和 17 年(1942)軍部がやってきて
「敵国人」はけしからんと破壊したそうな。

グルームの戒名は英知院具理日夢居士。
「日本人」じゃないんでしょうか。

そんなことしていた「軍部」だった人は
戦後!なにごともなかったように
生きつづけたのでしょうね。
「内務省」の犬とか
「憲兵」のお先棒かつぎとかも。
甘いですね!日本は。

そんなこと!どうでもいいような、、、雨の中。



(敬称略)
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