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貝塚はない貝塚市 寺内町 [町道!街道!眠り未だ足らず]

「貝塚のない貝塚市」
大阪府も南の方の
貝塚市の人がいっていたことがあります。

東洋の魔女
ニチボー貝塚の本拠地だったところでしょうか。
伝説のバレーボールチーム!
世界中で 258 連勝!
もう遠い歴史の中だけのことらしい。

南海・貝塚駅を出たら。
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これより 東西 海塚領!?

昔の貝塚は海塚と書いていたのでしょうか。
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「貝塚のない貝塚市」が分かったような。
早とちりでしょうか。



駅前に大きな神社があります。
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この感田(かんだ)神社は
夏祭りの「ふとん太鼓」が有名だそうです。
もう!今年の祭りは終わったのでしょうか。

ほどなく御坊前通りという
石だたみの道に出ました。
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大きな寺院があります。
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地元の人が「ぼっかんさん」と呼ぶ
願泉寺(がんせんじ)です。

この寺の中興の祖
卜半斎了珍(ぼくはんさいりょうちん)を
そう呼ぶようです。

願泉寺を中心とした寺内町を形成していたのですね。
そして環濠(かんごう)集落でしたか。



カイヅカイブキ!?
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大きい!
尊光寺の境内。

貝塚市にカイヅカイブキ!
ここが原産地?!まさかね。

私はこの木が嫌いです。

昔!今よりかなりバカだったころ
二十世紀梨の苗を
あちこちにプレゼントしたことがあります。

みんな赤星病にやられました。
可哀そうなことをしました。

イブキやビャクシンのある町の植栽は無理でした。
赤星病の隠れ家
中間宿主なんですね!イブキ類は。

だから!この町では梨農園は難しいかも。
する人もいないでしょうけど。



「めぐりみち」と書かれた石だたみの道をたどれば
昔の町役らしい邸宅がいくつも残っています。

並河家。
blog07並河家.jpg

山田家を過ぎたら竹本家と利齋家。
blog08竹本家.jpg

岡本家!宇野家!尾食家を回って
西町を行けば竹本家!吉村家!

廣海家も大きいですね。
blog09廣海家.jpg

横の公園からカメラを構えても全体が写りません。



ぐるりと町を半周したら
貝塚中央商店街の端っこですか。
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デコレーションがふとん太鼓?!

感田神社のふとん太鼓でしょうか。

このまままっすぐ南東に進めば元の貝塚駅ですね。
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900年の宇治茶を飲む [猫も歩けば棒立ち]

JR宇治駅前の郵便ポスト。
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この町が
お茶壺道中(宇治採茶使)の出発点だったのですね。

メインストリート・宇治橋通り商店街。
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「茶」や茶関係の商いが多いですね。

右の建てものは茶商の典型的な店。

壁の黒塗りの張り出しは
拝見窓というのだそうな。

お茶壺道中の責任者「茶頭取」は
この地の代官の上林家がつとめていたそうです。

上林家の表門が残っています。
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宇治橋左岸のたもと
紫式部の肩越しに
右岸の通圓(つうえん)茶屋が見えますね。
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お茶を飲んでひと休みしましょうか。

あ!?
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宇治橋上に茶の木を植えていたのですね。
いつもぼんやり渡っていますね。

橋の中ほど!三之間。

橋姫さまがいます。
ここに立ち尽くせば橋姫になったような気がします。

源氏物語(宇治十帖)の浮舟は
ここから入水(じゅすい)しました。

ここに立ち尽くせば
浮舟になって空を飛べそうな気がします。

ん?!
三之間の欄干に金輪!?
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豊臣秀吉が
茶の湯に使う水を
ここからくみ上げさせていたといいますから
そのときの綱をかけるところかも?!



通圓茶屋。
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正面が妻側なんですね。
350 年前の町家のままだとか。

創業は永暦元年(1160)だそうですから
私をアゴで使う
ハイキングの相棒の大年増!
いや清純な女史より少し古く
ネオン街の妖怪ばばあ!
いや美人ママたちと同じくらい古い。

入店すると正面に
汚い(失礼!)桶が飾られています。
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「オケじゃないです!」

店のおね~さんに叱られますぞ。 
家宝ですぞ!

千利休の作った
秀吉の水くみ専用の「釣瓶(つるべ)」です。

三之間のカネのわっかにロープをかけていた釣瓶?!



玉露をいただきます。
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冷水宇治玉露 630 円。

窓外の宇治川を見て休みます。
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夏ですね。
疲れますね。
1000 年も 2000 年もどうでもよくなりますね。
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かば焼きの日です [お命!いただきます]

土用の丑(うし)の日。
鰻(うなぎ)を食べる日(?)!
毎年!鰻の値段が高騰していると騒ぐ日。

別にあわてて鰻を食べなくてもいいものを。
黒かったらなんでもいいのでは。

丑の日だから牛の日。
牛のように猛暑に辛抱強く耐えて
丈夫になりたい!というので
日本の牛は黒いから
黒いものを食べて
酷暑を乗り切ろうという考えなら。

「土用のうし灸」という
回向院の広告がありました。
「脳一切の病」の治療だそうですよ。

効きそうですね。
もっとも!昭和 6 年(1931)の
東京朝日新聞に掲載された広告ですが。

灸(きゅう)の跡が黒いからでしょうか。



丑の日にいつも引き合いに出される
万葉集の大伴家持(おおとものやかもち)の歌。

いはまろに われものまをす 夏やせに
よしといふものぞ むなぎとりめせ

家持はつづけてもう 1 首書いていますけどね。
それはあんまり紹介されませんけど。

やすやすも いけらばあらむを はたやはた
むなぎをとると 河にながるな

なんとか生きているのならいいじゃないか。
鰻を捕りに行って流されて死ぬより。
というような意味でしょうか。

早いはなし!鰻を食べなくてもいいということ?

「むなぎ」が「鰻」なんですなぁ。
万葉仮名では「武奈伎」と表記されていますが。

だから鰻の語源は「棟木(むなぎ)」だ!
棟木も鰻も細くて長いからだ!
という人がいますが
ウソだぁ!
そんな建築用語が一般化するなんて。
にわかに信じられません。



「菱又」という料理旅館が
ノロという名の魚を調理して客に出していました。

そのノロのうまさに感激した武士が大声で
「お内儀(おないぎ)!お内儀!」と
女将を呼んだ声が「ウナギ」と聞こえたから
その魚ノロはウナギになりました。

だから鰻の字は
菱又(ひしまた)から
魚偏に日(ひ)四(し)又(また)なんです。

というのが上方落語の解釈ですが。

その菱又があった長堀川は
埋め立てられてもう鰻はいませんが
現在も鰻谷という地名は残っています。

信じる人だけ信じましょう。
あんまり真面目な人にはいわない方がいいかも。



大分県の三隈川流域には鰻の刺身。
鰻の塩漬けもあるそうな。

琵琶湖の沖島では鰻を開いて干してから
雑炊に炊き込んでいたそうですよ!昔は。

大阪市の大和川下流では
先の大戦前までは小さな鰻はぶつ切りにして
醤油味の炊き込みごはんにしていたようです。

が!
それらはほんの少数派で
ほぼ 100%かば焼き。

どうして?

かば焼きといえば鰻。
鰻といえばかば焼き。
不思議です。

ぶつ切りにして焼いていた形が
「蒲(がま)の穂に似るから」だという
広辞苑の記述をほぼ 100%の人が信じていますが。

初めはそうでしょうけど
開いてたれをつけて焼いたら
照り焼きでいいのでは。

かば焼きではないのにかば焼き。

「蒲(がま)の穂に似るから」ではなく
語源は違うところにあるのでは。

だいたい蒲の穂焼きの時代には
砂糖や醤油で調味していたとは考えられませんが。



頼まれもしないけど
「土用丑の日 うなぎ焼きます」と書いて
ラミネートして
自称・高級割烹の店の内外に 4、5 枚貼ってきました。

ま!心あらば 1 本くらいくれるでしょう。

「ごめんな!仕入れが高い!」

1 尾 2000 円近くなりそうだから
全然あげられない!とのこと。

バカヤロ~!
そんな 300g 近くの大きなものを求めるからだぁ!
それに国産にこだわって!
ヨーロッパやアフリカのものでもいいじゃないの!
アフリカ産があるものかどうか知らんけど。

だいたい 1 尾いくらで売るつもり?
切り売りは嫌いなのに。
お客のツラを見てごらん。
普段 1000 円札で
お釣りをもらって帰る連中ばかりじゃないの!

なんて胸の内で叫んだものの
「半助(頭)でいいから残しておいてね」という
心やさしい私。



さんまのかば焼きの缶詰なら
税込み 100 円でお釣りがありますぞ。

国産!
ニッスイだぁ!

かば焼き丼です。
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さんまに
蒲(がま)の穂焼きがあったわけじゃないでしょう。

鰻のかば焼きに似させているから。

やっぱり!
かば焼きイコール鰻なんです。

開いた魚の照り焼きは
なにがなんでも「(鰻の)かば焼き」なんですねぇ。



ソフィア・ローレン出演の
「河の女」というイタリア映画があるとか。

ぶつ切りの鰻の串焼きが出てくるそうな。

まさにかば焼きじゃないですか。

浅学にして観たことがありません。

近々鑑賞します!と
昨年の今ごろにもいっていたような。

それも果たせず再びの夏。
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棋士はエリート中のエリート [いずれ あやめか かきつばた]

蒸し暑い。
東大阪市の近鉄・河内永和駅で降りてとぼとぼ。

ん!?

ここはどこ?
私はだ~れ?

大商大(大阪商業大学)に行くのでした。

河内永和じゃない!
降りる駅は河内小阪でした。
どうかしています。
イヤになりますね。



大商大に着きました。
正午です。
日曜(2014/07/27)です。
学内のレストランは休みでしょうね。

正門のまん前の
居酒屋の「楽てん(らくてん)」でランチ。

日替わりランチ税込み 800 円。
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ごはんを炊き込みごはんに替えてもくれます。

盛りつけがきれいなのでおいしそう。



あ!休日なのににぎやか。
この日はオープンキャンパス?!
なんだ!
レストランは営業しているじゃないですか。

「日本の将棋と文化展」が開催されています。
そして今日は
谷川浩司十七世永世名人(資格者)の講演があります。

講演まで時間があるので
キャンパスを巡れば二宮金次郎像?!
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古めかしいですね。
また!建てものも古そう。

谷岡記念館。
鉄筋コンクリート造りかな。
昭和 10 年(1935)建築らしい。
建てもの内を拝見。
でも!しっかりしていますね。

お!?
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いい洗面台じゃないですか。



定刻通り講演。
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谷川浩司九段は
今!日本将棋連盟会長職にあるのですね。
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最後の名人位を獲得したときには
象牙の塔の研究者みたいな雰囲気でしたが
あれから十数年
すっかり有能な官吏然としたミドルエージ。

最近の会長は下半身にモンダイのある!
いや!失礼!個性的な方がつづいていましたが
落ち着いた人になっていたのですね。



日本将棋連盟は不思議なエリート集団。

現役の棋士は 160 人前後。

毎年 4、5 人新しく誕生して
その数くらい引退があるので
増減の幅が少ない。

世界で 160 人ですよ。

なりたくても
少々の努力でなれる職業じゃないんです。

たとえが適切かどうか分かりませんが
京都大学の教授になるより難関なんです。

京都大学の教授は 1000 人を越えていますよ。



だいぶ昔のこと!
某七段(当時)と場末の酒場の片隅で
某八段(当時)の著書を話題にしました。

そのときまでは
将棋のはなしは避けていたのに
どうしてそのとき
そんな話題になったものかどうか不思議ですが。

七段は棋士の収入の低さを憂えていました。

もちろん!上位のなん人かは
億を越える収入があるでしょう。

しかし!下位の棋士は大変!
まして引退後には
ホームレスになるしかない!といっていましたね。

どうして難関を突破した
エリートなのに待遇が悪いのでしょう。

私は事情も知らないのに無責任にも
「上下の貧富の差を」
「もっとつけたらいいのじゃないですか」
なんていってひんしゅくを買いましたが。

どこの世界にもいえることなんですが。

基本給かなんというのか知りませんが
固定給らしきものは全廃して
対局料と賞金だけにしたら
下位の棋士はそれだけでは食べられなくなり
レッスンやら著作やらに力を入れることになり
将棋人口の拡大に寄与し
ひいてはスポンサーがつきやすくなり
日本将棋連盟の実入りがよくなり
対局が増えて収入が上がるのじゃないですか。



なんて部外者が愚かな発言をしたものです。
汗顔の至り。

愚かといえば
谷川九段がいいました。

初心者の悪い見本のような手と
プロ中のプロ!達人の差す手が同じ?!
一瞥したときよく似ていることがある!と。

大変な書道家の作品が
字を覚えたてのこどもの書のように
見えたりしませんか。

達人の手は
実は大変な深謀遠慮の手なんですがね。



そんな夢遊病者のようにさまよった愚かな日。

筆が!いや!キーボードが動くにまかせて
将棋の先生方!ごめんなさい。
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二色の浜から国華園へ [町道!街道!眠り未だ足らず]

大阪に
国華園(こっかえん)という種苗店があります。

菊苗の販売に強く
また!
大きな菊花展を開催することで有名でしたが。

その昔!園芸好きな刀自(とじ)やおじさんに
なん度か連れられて行ったような。

それらの人のだれも
鬼籍に入ったり
社会からリタイアしたようで
今では音信不通ですが。



私がお供したのは和泉市の店だったようですが
最近は貝塚市にもあるといいます。

行ってみましょうか。

南海・貝塚駅からとぼとぼ歩きます。
このあたりを徘徊することはまずありません。

唯一きたことのあるのは脇浜戎大社

泉州(和泉国)最古の
十日戎(とおかえびす)というのを
見にきたことがありました。
ちょっと寄ってみましょう。
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この炎天下!
境内にセミを追うこどもさえいません。



脳みそがゆであがりそう。

こどもたちが
プールで遊んでいるような声はありますが
害虫もなにも見えず
道路を動いている生物は私だけ。
害虫以下の生きざま!無謀な紫外線の中。

緑が増えてきました。
海岸近くかな。
二色の浜公園の一部かも知れません。

お!?
大きな貝がら?!
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ガソリンスタンド(シェル石油)ではありません。
「シェルシアター」と表札はありますが
厳重に施錠されています。

その横に面白い意匠の建てもの。
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「自然遊学館」だとか。

無料とありますので入館。

近木川の生物の展示をしていました。

ひとりでゆっくり!涼しい中!楽しめました。

貝塚市はあまり大きな面積ではないのに
和泉葛城山から生まれて
大阪湾にそそぐまで
この市域だけで完結している稀有な川なんですね。

しかし!
「近木川」!
どう読むの?!
旅人には秘密の読み方のようです。



川を渡ります。

いや!川じゃありません!海ですね。
埋め立て地から埋め立て地に歩いているようです。

広大な緑地があります。
二色の浜公園海浜緑地だとか。

海があります。
人工のなぎさ!?
あまりにも人工っぽい海岸。
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広大でも人は目を凝らせばいる程度。
炎天下!人間の干ものができそうな日ですから。

そんな気象条件もあるのですが
なんですか?!

遊泳禁止!潮干狩り禁止!バギー禁止!
釣り禁止!バーベキュー禁止!等々
禁止の看板だらけ。

禁止の国から禁止を布教にきた
禁止教団の本山みたい。

人工の丘から見ると
バーベキュー用の小屋が
たくさんあるのは分かりますが。
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関西国際空港がかすんでいます。



緑地に隣接して国華園がありました。
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公称 1 万坪!駐車場 1000 台。

体育館のような生鮮食料品売り場があり
数棟の温室は植物の売り場。
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花好きには植物園の中のようでうれしいかも。



これだけ広いところで集客しているのなら
レストランかフードコートがあるに違いない。
なんて勝手に思い!探せばありましたね!
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温室の片隅!
思い描いた風景とはちょっと!
ま!だいぶ違いますが。

冷やしうどんをもらいます。

すき焼き風な煮ものと紫蘇ごはんとついて 550 円。
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温室の中ですぞ!
真夏に!

上に寒冷紗より薄そうな
屋根(?)をぶら下げていますが
そんなもん!突き破って太陽光線がギラギラ!

温室ですから冷房はありません。

面白い!

再訪を祈念して
氷水を 4 杯いただきました。



さ!帰ろう!歩いて!

いや!バス!
バス停を探す方が命に支障がないような。
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