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稗田阿礼はおじいさまか!? [猫も歩けば棒立ち]

やさしい山並みに囲まれています。
青垣というものでしょうか。
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 大和は国の真秀ろば  (やまとはくにのまほろば)
 畳なづく青垣       (たたなづくあおがき)
 山籠れる大和しうるはし(やまごもれるやまとしうるわし)

古事記にありませんでしたか。
倭建命(やまとたけるのみこと)の歌。

寒風の中
少女がふたり畑仕事をしています。
感心ですね。

ごめんね!
怪しいものがいきなりカメラを向けて。
驚かせたようですね。

この地の娘ならこんな歌を知っていますか。

  おはなしの神さまじゃ
  わたしらのおじいさまじゃ

この里で語り継がれた歌らしいのですが。



奈良県の大和郡山市を歩いています。

冬枯れの田んぼの向こうに林が見えます。
売太(賣太=めた)神社です。
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神社と周囲の集落は堀に囲まれています。
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環濠(かんごう)集落ですね。
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環濠集落だったところは
大和地方だけでも
数え切れないほどあったようですが
こんなにきちんと
今でも堀に囲まれている集落は珍しいのでは。

「稗田(ひえだ)環濠」と呼ばれていました。

そう!
稗田阿礼(ひえだのあれ)の里。
売太神社は稗田阿礼を祀(まつ)っているのです。
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稗田阿礼が誦習(しょうしゅう)し
太安万侶(おおのやすまろ)が記述したという古事記。

「誦習」とはなんですか。
記憶にまかせた朗読でしょうか。
メロディがあったのでしょうか。



昨年(2012 年)は古事記が完成してから
1300 年!
大和郡山市やら田原本町やら奈良市やら
ふたりにゆかりの深い地で
イベントや勉強会や観光なんかで騒いでいましたが。

ちょっと落ち着きましたか。
落ち着いたら回ってみたいものです。



  おはなしの神さまじゃ
  わたしらのおじいさまじゃ

という稗田阿礼をたたえた
この里に伝承されているという歌は
その昔!偶然!
この売太神社の
女性の(たぶん)神官から承ったことを
ふと!思い出したのですが。

もっと長い詞を
ご教授いただいたのかも知れませんが
勉強を好まぬ無頼の徒は記憶力も弱く
それだけしか心に残っていません。

もっともそのとき
「どんな節だったのやら今では分りません」と
いわれたような。

そして
「おじいさま」といっていますが
ホントは「おばあさま」かも。
それも「知るすべはありません」と
いわれたような。
タグ:古事記
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お里が知れて!かごの屋のすき焼き [食い逃げ未遂]

まことに慇懃(いんぎん)な
腰の低い紳士います。

いつも「さようでございますか!云々」
「どなたさまにも常にお教えいただいて!云々」
なんて猫なで声でいいながら平身低頭。

それが飲食店に入るや否や
「おい!こら!」
「なんだぁ!おれは客やぁ!」
と!居丈高になる人がいますね。

すぐ!こちらに振り向いて
「私どもといたしましても!云々」とまた
マゾのオカマのようにことばを変えるヤツ。

イヤですねぇ。



また!
食事は品性のいやしさが出やすいですね。

いやしさは
貧富や社会的地位や
学歴や知識の多寡(たか)には関係ないようですね。

親の教育が悪いのでしょうか。
親も育ちが悪いのでしょうね。

食べものはこぼしまくる。
醤油びんや器をひっくり返す。
箸やフォークを落としたといって
「おい!早く持って来い!」と叫ぶ。

いつも同じ人が
いつも箸を落としてどなっています。

そんな人はテーブルを
またたく間に
カラスか野良犬が
ごみ置き場をあさったようにしていきます。

そして!カラスと同じように
また叫びます。

「早く!かたづけろ!」
「ソースがズボンに落ちた」
「かたづけないからだ!店のせいだ!」



私の周囲は
例えば!お色気アラフォー(around 40)
あ!いや!きれいなお局さまのどの人も
いつも無鉄砲に発情していながら
テーブルの上は丁寧に整理しながら
食べていますけどね。

私には遠慮せず!怖い!のですが
なかなか食事のマナーはよろしい。

それは育ちなのか社会で習ったのか
たまたま過去のオトコがよかったのか
知りませんがね。

噺家(はなしか)の
柳家小三治(やなぎやこさんじ)は
たとえ飲食店でも
みずから常にテーブルをふきながら
食事をしていました。
映画「小三治」を観るかぎりですが。

それは師匠の
柳家小さん(5 代目=人間国宝)のクセを
習得したもののようです。



あ!?
私!
私は整然とした食事態度ですよ。

品性はかけらもないですが
食べものにはどん欲ですから。

食べ方の順序があるなんていう人がいます。

ごはんを食べて
おかずをつまんであれにいくとか
これにはいかないとかいう順番のマナー。

私は順番なんかどうでも平気です。
ごはんだけ食べ切って
汁ものだけ飲み干して!
なんてできますもん。

ですから!
たとえ端からかたづけろといわれてもOK。
ひとつひとつ!皿の底までなめて
きれいに積みあげていけますよ。



今日は「かごの屋」の
「すき焼き定食」です。

ごちそうになっています。
おごりやたかりのときだけ
まともな食事のように思われるかも知れませんが、、、!
ま!だいたい当たっています。

メニューの「すき焼き定食」には
いくつかの種類がありましたが
このあたりは「たいこ持ち」然と心得て
たぶん!一番安い 1659 円のものを注文。
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食べ終えました。笹は食べられませんでした。
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お運びさんが下げやすいようにしました。

このあと!食後のコーヒーでも置きやすいでしょ。

え!?
もう!出るの!帰るんですか!コーヒーはなし?!

(敬称略)
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桃太郎生誕の地!田原本 [町道!街道!眠り未だ足らず]

近鉄・田原本(たわらもと)駅前の
観光案内所に
「桃太郎生誕の地」と書いてありました。
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桃太郎って!あの桃太郎!?
吉備だんごを食べて
鬼退治をしたという桃太郎?!



岡山県に吉備津神社があります。
吉備津彦命(きびつひこのみこと)を
祀(まつ)っているのでしょう。
その吉備津彦命が
桃太郎のモデルじゃなかったですか。

だから!桃太郎というと
まず岡山県を連想してしまいます。
この町もそのことを否定はしていません。
吉備津彦命が誕生した地だといいたいようです。



ここは奈良県の田原本町。
不調法で今まで来た記憶がありません。

藤原京からほぼ真北に平城京があります。
それを結ぶ街道・下ツ道(しもつみち)の通る町。

吉備津彦命の父は
第 7 代孝霊(こうれい)天皇です。
この地に孝霊天皇の
黒田いほとの宮があったそうです。

ということは
吉備津彦命はここで生まれたに違いありませぬ。

それやこれや
伝承ともいえないほど大昔の
記・紀の世界のこと。
西暦年をいっても
あまり意味がないので書きませんが。

ん?!
柳田國男が
「桃太郎」の伝承をまとめていましたね。
「桃太郎誕生」でしたか。
吉備津彦命との関係はどうでしたか。



町役場の東の田んぼの中に
お金のかかったような立派な建造物が見えます。
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唐古・鍵(からこ・かぎ)考古学ミュージアム。

実際!弥生時代に
1000 人も生活していた環濠集落があったそうな。

ここから北に 2km も離れたところに
変わったタワーがあります。
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唐古・鍵(からこ・かぎ)遺跡の楼閣の復元だとか。
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ちなみに視界にうるさい釣り糸のような細い糸は
鳥から池の魚を守るためのものでしょうか。

鳥からは守れても
フェンスを乗り越える人間からは無策のようで!
この釣り人たちはなんです!?
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この景色に情けない。
池の底に引きずり込む
竜神か河童(かっぱ)はいないものでしょうか。



多くの歴史が重畳した里のようですが
闇雲に歩いただけでしたので
レポートはなにも書けませんね。

この地に詳しい人と回れば
たくさんの史跡や風習に
瞠目(どうもく)する町だと思いますが。


(敬称略)
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寒バエ(2) コーヒー煮 [半煮え!生煮え!]

土着のご老人に聞くと
大阪でも昔は
川魚を食べることは多かったようです。

たわむれに
大正の終わりから昭和の初めごろの聞き書き
「聞き書 大阪の食事」を開いても
事例は多くのっています。

それが現在!私の周囲では
まったくメニューから消えています。

ときどき
居酒屋にあゆ(鮎)の塩焼きか
こあゆ(小鮎)の佃煮があるくらいです。

買った正月の「おせち」に
ふな(鮒)のあめ煮(だ)きが添えてあるくらいです。

以前に
金魚の水槽の底で飼いたいという依頼で
どじょう(泥鰌)を探したのですが
たいていの商店街には
「川魚」の看板を揚げている店があるものの
「川魚」をまったくおいていませんでした。

大阪市全域を回った訳ではありませんが。
阿倍野区と住吉区と東住吉区と
住之江区と西成区の一部だけですけどね。

ペットショップには
シマドジョウやアジメドジョウなんかの
金魚とついでに飼うシロートには
扱いにくそうな種類はありましたが。



そんなつまらんことを考えながら
到来した「旭川の寒バエ」を天日で干しあげました。

さて!どうしましょう。

あ!?
大阪市生まれ
大阪市育ち!
親の代から土着民のお色気年増!あ!失礼
聡明(そうに見える)アラフォー(around 40)が
川魚が好きだといっていましたね。
奇特なことです。

どこかのオトコの影響かな。
ま!恋あまた!年中オンナそのものですからね。

彼女に渡して調理してもらいましょうか。

「ハエ」があるんですけど。

「私は食べるのが好きなの!」
「できたらいって!食べてあげる」

料理は嫌いだそうです。

なんという傲慢(ごうまん)無礼な!



昔から焼き枯らした魚は
番茶で煮てから
調味料を入れると聞きました。

コーヒーじゃだめなんでしょうか。

到来ものの「キリマンジァロ」があります。

ん?!余談ですが
コーヒーは「キリマンジァロ」
山の名前は「キリマンジャロ」と書くんですか?!
知りませんでした。

そのキリマンジァロをたてて
「寒バエ」を入れてことこと煮てみました。

下にすのこも敷いていないので焦げつきそう。
火を止めて
1 時間ほどおいてからまた点火し
消火して。
また加熱して。
1 日かけて 10 回ばかりくり返しました。

日本酒を沸かしてアルコール分を飛ばし
醤油と昆布だしを加えて少し煮詰めました。

砂糖を加えてから
コーヒー煮の「寒バエ」を
煮汁をからめるように並べます。

塩麹(しおこうじ)に漬けていた
山椒の青実を散らしました。
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お金が取れそうなできばえ!
おいしいじゃないですか!
コーヒーの味はありません。

お局さまには持って行けないでしょう。
その前に食べてしまいそう。
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三笠山(若草山) 山焼きの日に [南都有情]

佐保川は北東から
平城京の前を横切って
西へ!南へ!
こどもからおとなになっていく少女のように
つねになまめかしくくねらせて
最後は南西の大和川に消えてしまいます。

だから佐保川の流れてくる方向に
三笠山(若草山)がある景色が多いようです。
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(冬は枯れ草なので白く見えている山です)

そう!今日(2013/01/26)は
三笠山の山焼きの日ですね。
佐保川をさかのぼって
山焼きを見にいきましょうか。

新大宮まで上ってきました。
まだ点火まで時間があるので
近年の発掘で
貴重な発見があったとよくニュースになる
長屋王邸跡に寄りましょう。

長屋王邸跡なんてありませんでした。
ばかでかい商業施設の前に説明板があるだけ。
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その道の向こう側
夕映えの逆光の中に
奈良時代の庭園の復元が。
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「平城京左京三条二坊宮跡庭園」と
長ったらしく書かれています。

庭を観賞する復元された建物から
のぞいてみました。
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池の玉石や庭石は
発掘されたオリジナルらしい。

そういえば
すぐ北に
東院庭園が復元されていましたね。

すぐ近くなのに
道が迷路のようになっているので右往左往。

あれ!?
4 時過ぎてしまったので
門扉を閉ざしていました。

ちょっと見るだけなのに入れてよ!
こんにゃろ!
枳穀(きこく)でしょうか。
怖そうなとげとげの影に
レンズを差し込んで盗み見します。
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冬枯れですから
塀のすき間から少しはのぞけますね。
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山焼きは平城宮からよく見えるのでは?!

なにも!すぐ近くで火の粉をあびて
部分的に観賞することもないのでは!?
ふと思いついて大極殿の方へ歩きます。

広いですね。
大極殿が小さい。
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風が寒いです。
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冬の夕刻。
人影もありません。
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ここから見る三笠山。
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なかなかいいんじゃないでしょうか。
平城宮のあちこちの遺物と
いっしょに撮れば趣きが増すかも。

しかし!
(前掲の三笠山の画像もそうですが)
ピントが合わない!?
寒くて指が震えているせいばかりではなく
酷使しているコンパクトカメラに異変?!

それにのどが渇いて仕方がないのに
なにも飲むものも食べるものもありません。

気力喪失。

帰ります。

来年こそ
あたたかくして
食糧を持参して
アウトドアのキャンプのつもりでここにきましょうか。

もし!お色気アラフォー(around 40)の
だれかひとりでもオトコにあぶれて泣いていたら
助手に雇って
テントをかつがせましょう。

そういうことで
今年の三笠山の山焼き!
点火ができたのかどうか知りません。

電車に乗ってザックを開けたら
予備のカメラを持っていましたね。ああ。
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