So-net無料ブログ作成

西宮の淡路島バーガー [食い意地]

いまだに「ハンバーガー」がよく分りません。

どうして食べたらいいのか。
マナーはどうなっているのか。

なんにもレクチャーされず
こちらからも乞わず
あまり積極的にハンバーガーに接しない人生です。

先日も神戸市中央卸売市場で
清盛バーガー」なるものを食べたのですが
うつむいて!こそこそ!
端の方からかじりましたが。

思い起こせば大昔!
雨にかすんだ暗い町で
空腹なのに!どの店も薄気味悪く
どハデなマクドナルドの装飾を発見して
吸い込まれるように入ったことがあります。

たしか!中国の南京あたりだったと思いますが。

しかし!
なん度もマクドナルドに行った経験はありません。

女性店員が現地のことばで
たぶん!お得なセットを
すすめてくれているのでしょうけど
なんにも分りません。

どうしていいのか!立ち尽くしたまま。

同行の女史が答えるだろうと期待しているのに
かの女も店員と対峙したまま凍りついています。

3 人が3 分は無言で立っていましたね。

もう!いや!

その後!余計なことですが
その南京に同行したかの女と仲の悪い女史と
シドニーだったか!香港だったか!その両方だったか!
かの地のマクドナルドに行って
やっぱり!立ち尽くして
胃が痛くなりました。はは。

おまけに両方の女史に
私の不節操をなじられて
どちらも絶交になりました!はは!当然ですね。

トラウマです。
ハンバーガーショップを見ると落ち込みます。

JR西宮駅の近くの
きゅうくつなほこりっぽいところに
人ごみができています。

「淡路島バーガー」と看板が出ています。
blog1.jpg

軒先店ですか?!

様子を見ていたら
テイクアウトの人が多いような。

「中で食べられないのかな」
小さくつぶやいてみたら
「食べられますよ!どうぞ」
女店員にいわれました。

上賀茂神社横の今井食堂
さば(鯖)煮定食に行列ができていたときには
弁当にしてもらい
並ぶことなく買えましたが
その反対に
店内に座る方が空いていましたね。

おせじにもきれいな店とは思えないのですが。
blog2.jpg

狭いのはともかく
イスが極端に低くて
卓にあごをのせて食べなければいけないようで!
とても「味わう」余裕がありません。

水も出ません。
水も買うらしい。

隣のカップルはコーラをがぶ飲みしています。
そんなもの!食事中に飲んだりして!
食べものの味が分るの?!
親は教育しなかったの!?余計なおせっかいですが。

淡路島バーガー。500 円。
blog3.jpg

ハンバーガーが
淡路島の格好をしている訳ではなく
淡路島産の材料で作られているらしい。

パンというのか
バンズと呼ぶのがいいのか知りませんが
それは柔らかくおいしかったですが。

これで 500 円!
損した気分。
あ!私は!ですよ!あくまでも。

大勢の人が並んでいるのですから
近代の日本の味なんでしょうね。
それに!
ここのは特別なにかがあるのでしょうか。

でも!
コーラで流し込める人ではないと無理です!
日本人を捨てなければ無理です。
「箱膳」でしつけられた人には無理です。
そんなヤツはたくさんおらんでしょうけど。

あ!ハンバーガー一般がそうではないかと!
特定のハンバーガーを差して
いっているのではありませんよ。

やっぱり!今後
ハンバーガーなんか食べるの!やめよう。
500 円なら他のランチにした方が
食後の精神が安寧(あんねい)です。
コメント(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

大阪市いよいよすさび彼岸花 [解語の枯れ尾花]

わが街を貫く幹線道路・あびこ筋に
彼岸花が咲く季節です。
blog秋1.jpg

今年はほんの少し遅く咲いたような気がします。

環境が無茶苦茶悪そうな都会でも
よく見られる花です。

わが家の庭の桃ケ池のほとり!
ぎゃ~っ!
blog秋2.jpg

またまた!今年も
彼岸花はなぎ払われています。

球根は掘って捨てられています。
blog秋3.jpg

なんでしょうね。
冷血動物のしわざでしょうね。

その昔!球根を 1000 個ばかり
あちこちに植えたのですが。
この市の管理する公園だけは
目のカタキにされて
どんどん殺されていきます。

もう!残りは少なくなってしまいました。

ここの管理事務所だけの方針なのか
大阪市が
あいつの植えたものは徹底的に抹殺せよ!という
指令を出しているのか。

赤くて季節を感じられて
素敵な花だと思うのですが。

ジュズダマをご存知ですか。

秋の野山を歩けば
川岸なんかに普通に見られる帰化植物ですが。

そうそう!
ある女史が
「ハトムギ!」と叫んだことがありました。
似ていますね。
同じイネ科の近縁種でしょうか。

なぜか!郷愁を感じる植物なんです。

ことさら!ジュズダマだらけの環境で
育ったような気もしないのですが。

それで!春に種を鉢に入れておいたら
ひと粒だけ芽生えて育っていたのです。

先ほど水際でよく見るといいました。
それで!川砂の多い鉢土にしたのですが
盛夏に丸 1 日水やりができなかったら
枯れ草になっていました。

よく考えたら
川岸や河原は伏流水なんかがあって
表面は乾いていても水には恵まれていたのですね。

わが家の鉢の下には熱風があるのみ。
それで!乾燥しやすい川砂では!
ミイラになるのは必定!

たくさんつけていた花やつぼみは全滅!

水を浴びせたら下半分が少しは回復。
しかし!上半分は仏像の光背のように
いつまでも枯れ葉をまとっていました。

秋になったから少しは愛情をかけてやらねば。

枯れ葉をハサミで切り落としていたら
あ!
少ないながら
種子ができていました。
blog秋4.jpg

頑張っていたのですね!

ん?!
ピンクの花が!

ジュズダマの枯れ葉の向こうに!

ハギ(萩)!?
blog秋5.jpg

植えた訳じゃないのに!
ジュズダマといっしょにやってきたのか
ハギが咲いて!
もう!ほとんど散っていました。
blog秋6.jpg

気がつくのが遅く!申し訳ありません。
けなげな頑張りをほめてあげましょう。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

五色塚古墳に怪しい匂い [いわなが姫の丑の刻参り]

すごいですね!
こんなに葺石(ふきいし)が
残っている(復元している)古墳はないですね。
blog1.jpg

どの墳丘でも盛り土ができあがっていくと
斜面に石を差し込んでいったようですが
今!それが見られる古墳はそうないでしょう。

明石海峡を望む台地の
五色塚古墳には驚かされます。
blog2.jpg

大きな古墳です。
全長 194m は兵庫県で一番大きな
前方後円墳だそうです。

天皇陵に治定されてはいませんので
墳丘に上がれます。

前方部から後円部を見ると。
blog3.jpg

後円部は忠実な復元が困難だったのか
発掘調査を先送りにしたのか
50cm ばかり盛り土をして覆い
新しい石を葺いたとか。
blog4.jpg



仲哀(ちゅうあい)天皇の
世をあざむく仮の墓と
いい伝えられていたそうですが。

仲哀天皇(?~ 200)は 14 代。
この天皇!またはその子の応神帝から
それまでの皇統じゃない!
別人が入れ替わったと思えてなりません。

激変を感じているのは
私ばかりじゃないようですがね。

それに古事記の記述では実に影が薄い存在。
皇后の神功皇后ばかり英雄視されています。
皇后に叱責され
いやいや琴を弾いているときポックリ死?!
暗殺されたのかなぁ!



五色塚古墳は
昭和 40 年(1965 年)から
発掘・復元を始めているようなんですが
あんまり壊されていなく
相当たくさんの葺石や
円筒埴輪(はにわ)が出てきたようです。

盗掘はフツーだった時代がいくつもあったのに。

松本清張の「火の路」では
現在でも盗掘している人が出てきます。

ま!その小説の新聞の連載が始まったのは
1973 年ですから(新聞連載時の題は火の回路)
今から 40 年前の「現在」ですがね。

ホントかどうか
盗掘シンジケート団があるそうです。

裏で
危険な墓掘りをするもの!
平凡な発掘品に高度な細工をするもの!
表で
ニセの鑑定書を書く高名な学者!
一流の顧客を持つ有名な古物商!
いずれも半端な仕事は許されません!
その道のトップの技を持つ専門家?ばかりが
カネ儲けでつながっているんですね。

地方公共団体なんかが
博物館などに飾るために
高い代償を払ったものに
たくさんニセモノが混じっているらしい。



仲哀天皇は死んだ後も情けない。

けがれているといわれ
祓(はら)い清めるために
生きたまま獣の皮をはいだもの!
田の畔や灌漑(かんがい)施設を壊したもの!
祭場に大便をしたもの!
親子で姦淫したもの!
獣姦したもの!を
国家規模で探し出しています。

ちなみに獣姦には
馬婚(うまたわけ)!牛婚(うしたわけ)!
鶏婚(とりたわけ)!犬婚(いぬたわけ)!
なんかが書かれていますが。
おおらかな「性」の時代?!
笑えるほど!なんとなく魅力的な時代ですね!
そんな思いは私だけでしょうか。

全くの余談ですが
開高健著/オーパ、オ―パ!!/に
アマゾンの獣姦のはなし?!
馬婚!牛婚!鶏婚!はもとより
豚や羊や淡水イルカとのそれのはなしが
書いてあったのを思い出しましたが。

今もおおらかな「性」を楽しんでいる人も?!

記憶違いでしたら!ごめんなさい。

この墳墓から獣姦の証拠なんて出てきたら
教科書にのるんでしょうなぁ!

また!その証拠品でもうまく偽造できたら
高く売れるのでしょうねぇ。



なんて!淫らな妄想をかきたてていたら
天が怒ったぁ!
雨!

斜めからの雨。

今は埴輪のレプリカが飾られている丘で
濡れながら
阿呆がひとり明石海峡大橋を見て
ほくそ笑んでいます。
blog5.jpg

(敬称略)
タグ:古事記
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

鶴橋の風月と松よしで酔う [食い逃げ未遂]

「鶴橋風月へ行こう!」

「おごってくださるんでぇ!」
「おありがとうごぜ~ますだ!」

「割り勘やぁ!」

発情おばさん!あ!失礼
恋多きアラフォー(around 40)の
お局さまに逆らえずお尻にくっついて歩きます。

わたしゃ!しょこたん(中川翔子)宅の
仲間のお尻をくんかくんかして歩く
変態にゃんこのちび太か?!

お好み焼きの店ですよね?!
どこにでもあるでしょ!お好み焼きなんて。

それに「風月」なら鶴橋まで行かなくても
近くにないですか!営業所かサテライトかが。

「鶴橋の!鶴橋風月です!」
「本店です」
「本店じゃないとおいしくないの!」

ホントかなぁ!

JRと近鉄と市営地下鉄が集まっている
鶴橋駅に着きました。

ここはまた
東成区と生野区と天王寺区と中央区が
角突き合っていて
しかも迷路のように建物が建て込んでいるところ。

焼き肉の匂いと煙が半端なく充満している焼き肉店エリアに
「鶴橋風月」がありました。

彼女の「いつもの」
「餅」200 円と「チーズ」200 円をトッピングした
「豚玉」680 円。

焼きそばのメガ焼き(そば 3 玉らしい)1250 円。
blog鶴橋1.jpg

いつもだれと来ていたんだろ!
大食いの男かなぁ。

「え?!4分の1ですかぁ!おいらの分!」
blog鶴橋4.jpg

「泣くな!青のりと唐辛子をかけてあげるから」

大阪にはおまわりさんに訴えたいほど
高額な料金を設定している
有名なお好み焼き店が多いのですが
ま!フツーの範ちゅうの値段でしょうか。

味を評価できるほど
お好み焼き店を知らないのにいいますが
ま!フツーの味じゃないでしょうか。

「じゃ!割り勘して!ばいばい」

「ここに来たんだから!ホルモン食べようよ!」

ホルモンねぇ!?
このブランド志向の
「ええかっこしぃ」がいうとはねぇ。

それも「松よし」に行こう!ですって!

近鉄のガード下ですよね!
行けばあなたの高そうな
ボーナス払いで買ったような洋服が
ホルモン臭で燻製されたようになる店ですよ!
blog鶴橋2.jpg

よく知っていましたね。

私は長いこと!行っていません。
だれか!?
そう!だれだったか!
周囲に常連がいたんですよね!
思い出せないまま!発情おばさんについて入店。

「いつもの!白いの!」

なんですか!
メニューのどこに書いてあるの?!
よく知っていますね。

それは「どぶろく」かなにかでした。
密造酒でならした(ウソですよ!)私の舌には
「マッコリ飲料」に近い味ですがね。
blog鶴橋3.jpg

発情お局は
「バラ」(1 串 180 円)だの
「ハラミ」(180 円)だの
「タン」(180 円)だの
「キモ」(180 円)だの
「ツラミ」(150 円)だの
「ココロ」(150 円)だの
早口で注文。

みんな串に刺しています。
ときどき徘徊する
ホルモン焼きの(あ!元がつくかも)
通天閣の下でも
あんまり見られなくなった焼き方。

それはともかく
かの女!常連みたい!

恋は姿・形の見た目ばかりにとらわれて
三高を追いかけている女のはずなんですが
どんな男とここに来ていたんだろ。

またひとつ謎が生まれました。
といって深く知りたくもありませんがね。
たぶん!その恋は
もう砕け散っているでしょうから。あは。

それより!私の方!
この店で
あ!そうそう!
「豚足」(400 円)が好き!
そればかり食べているといっていた人。
だれだったかなぁ!
分らないまま。
コメント(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

瓜割り伝説の里 [いわなが姫の丑の刻参り]

大阪市営地下鉄の谷町線に
「喜連瓜破」という名の駅があります。
blog1.jpg

「喜連」と「瓜破」の
ふたつの地名が合体しています。

どちらも難解な読みです。
「きれうりわり」と読むのですね。

どちらも由緒ある古い地名らしい。

「喜連(きれ)」は「久礼」から。
「久礼」は「伎人郷(くれひとごう)」という
渡来人の里だったからだそうな。

「瓜破(うりわり)」も古い。
石器時代の大きな瓜破遺跡もあり
有史以前から住みつづけてきた歴史があるとか。

駅を上がったところの東西の大きな道は
その昔!磯歯津路(しはつみち)と呼ばれていた
大和へつづく道。
今はただ騒々しいだけの情緒のない車道ですが。

その道を横断して南下する道が
高野山につづく中高野街道。

高野山というと空海。
空海がこのあたりを通ったところ
村人が瓜を割ってさしあげたら喜ばれたので
この地は「瓜割り」
今の表記は「瓜破」!

中高野街道を大和川の方へ行くと
瓜破天神社がありました。
blog2.jpg

玄奘(げんじょう)三蔵の弟子で行基の師という高僧の
道昭(629 ~ 700)が
出現した天神に
瓜(うり)を割って供えたところだそうですよ。

だから「瓜割り」?!

大化(645 ~)のころのはなし。
弘法大師・空海(774 ~ 835)よりも
天神といっても
菅原道真(845 ~ 903)の天神伝説よりも古いのです。

近くの敬正寺。
blog3.jpg

道昭が創建した永楽寺は
この周囲に広大な境内を持っていたそうです。
時代の荒波に消えて
唯一残った塔頭(たっちゅう)がこの寺だそうな。

道昭は多くの人に慕われていて
布教に疲れた道昭に
村人が瓜を割ってさしあげたところ
たちまち健康を回復されたので
「瓜割り」という地名になったというのが
この寺の伝承?!

ま!いいです。
伝説はいろいろあって結構です。
なかよく瓜を割ってなさい。

河内の国のこのあたりは
大和川の付け替え工事(1704 年)で水が来なくなり
稲作ができなくなって
綿花栽培に活路を求めたと聞きました。

河内木綿(かわちもめん)の産地でしょうか。

それが明治になって鎖国が解けたら
外国産に押されて綿花栽培は成り立たず
一部の農家はぶどう栽培に切り替えたりしました。
拙ブログ 2010/08/20

でも!その昔の産業を忘れないようにか
「区民わた畑」がありました。
blog4.jpg

あ!ここ大阪市平野区の
「区民の花」は「綿」だそうです。

それはさておき
瓜破遺跡はどこ?!

向こうも見えない墓地が広がるばかり。

昭和 3 年(1928 年)
大阪市が都市計画事業で
この地の 6 万坪を霊園にしたのだそうです。

たぶん!今
瓜破遺跡の大部分は
墓石に覆われているのでは。

ある意味では安全な遺跡保存かも知れませんね。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感