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大阪まるやのお好み焼き500円ランチ [昼定食]

ちょっと急な!赤い階段があります。
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よく前を通っているのですが
バーかビリヤードか
無責任にもそんな認識しかなかったのですが。

安倍晴明神社に参拝してから
あべの筋を北へ歩いて
松虫交差点を渡ったところ。

ちなみに
この通称・あべの筋を
このあたりの古い住民の多くは
「13 号線」と呼んでいます。

しかし!地図のどこを見ても
「13 号線」なる言葉が出てきません。

地図には「30」とあるだけです。
つまり「府道 30 号」ということですか。

どうして!?と聞いても
お年寄りたちは「13 号線」だから
「13 号線」と答えるだけですが。

その面妖な「13 号線」に面して
どハデな赤い階段の店があります。

階段を上がって 2 階がお好み焼き店
「大阪まるや」でした。

大阪人は「粉もん」好きです。
粉もんとごはんを食べるのが大好きです。

お好み焼きとごはんの組み合わせなんて
大・大好きです。

大阪人がよだれを流しながら階段を上ります。
私はうながされて後に従います。

大阪まるやのランチは
500 円から 2980 円まで
豊富なメニューがありました。

500 円の「お好み焼き定食」を食べました。
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一番安価な 500 円ランチには
「お好み焼き定食」と
「焼きそば定食」のふたつがありました。
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京女の立ち小便 [小市民ぼうちぎり]

年金生活者のおじいさんがバイトに行ったとか。

田畑の中で
「分譲地はあっち」の看板を持って
ただ立っているだけ仕事。

2、3 日でクビになったそうです。

立ち小便をしていたのを通報されたとか!はは。

トイレは
「あそこの店舗に借りに行ってください」と
雇い主が段取りをつけていたそうですが。

「そこまで 300m もあるんや」
「それに田んぼばかり!なにが悪いんや」

はは!ハイキングでもよくしていますね。
あきれて私はとがめませんが
仕事じゃだめだと思いますが。

「京都の立ち小便!歴史的な風俗や!」

ん?!
京都の立ち小便!?
京都?!

あああ!思い出しました!
京都の立ち小便!

読んだような気がするけど
思い出せなかった書籍。(拙ブログ 2011/10/23

松田道雄著/花洛 京都追憶でした。

あらためて開いてみると
京都の女性の立ち小便や関西の小便事情が。


明治 44 年(1911 年)
京都見物中の松田の祖母が驚いています。

路上で塀に背を向け
ひざを曲げずに上半身を深く屈して
小便していた花売りのおばさんに。

さらにいろいろ引用してあるので
孫引きさせてもらうと。

曲亭馬琴著/羇旅漫録に
「京の家々かわやの前に小便たごありて」
「富豪の女房も小便はことごとく立て居てするなり」

十返舎一九著/東海道中膝栗毛では
弥次郎兵衛と喜多八が
小便たごと大根をになった男に出会っています。
男は大根と交換に小便を集めていたのです。

十返舎一九は皇都午睡にも
「大坂にても往来の小便たごへ婦人の小便すること」
「あまり見るべき姿あらず」と書いているそうな。

松田の母も京都にきた明治 42 年(1909 年)ころ
みごとな大根を積んだくるまに
1 本いくらかとたずねたら
「しょんべ!あるか」といったとか。
明治の終わりでも
やはり大根と小便との交換だったのですね。

それには理由があるそうです。

京都近郊では
小水だけしか肥料に使わなかったからだそうな。

そうですか!
江戸は排泄物全てを利用していたのに
京都はなんと雅(みやび)なことか!


では!お口直しに
私の専門のオカマ(ウソですよ!)のはなしをひとつ。

男が釜を地上に置いて立ち小便をしました。

泥棒がすばやく拾いあげ
自分の頭にかぶり
男と並んで立ち小便。

男は小便をすませて振り返れば
釜がない!

泥棒は
俺みたいに用心して
頭にかぶせておかねば盗まれるよと叱って
堂々と去って行きました!とさ。

明の江盈科撰/雪濤諧史/松枝茂夫訳にのっていた笑話。


(敬称略)
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食べてしまったバイキング [たべほ!ブフェ!バイキング!]

逼塞(ひっそく)生活の上
親しい友人も皆無なので
当たり前の当節の風俗にうといのですが
ファミレス(family+restaurant)とかいう
幸せそうな家族が団らんするようなところには
特に縁がありません。はは。

「フレンドリー」とか
「ボンズ」とかいうファミレスが
私の周辺にあったような記憶があるのですが
なくなったのですか
みんな「源ぺい」という店に衣替えしています。

大阪市も南の端を歩いていたら
ん?!
フレンドリー!あるじゃないですか。

しかも!道をはさんで源ぺいが!?
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両方!あるのかぁ?!

よく分かりませんが
フレンドリーは
ランチバイキングをしていました。

私には敷居が高そうですが
今日はファミレスに殴り込みますか。

驚くほどの惣菜はありませんが
ランチバイキングではこんなものでしょうか。
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この日はいなりずしもありました。
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カレーとうどんとデザートも。
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え~と!いくらでしたか?!
忘れました。

フレンドリーのホームページで確認すると
平日バイキングは
おとな 892 円
シニア 714 円
小学生 609 円
お子様 399 円 だとか。

でも!釣銭から推察する金額が
どれにも合いません。

どうでもいいことかも知れませんが
問い合わせてみると
「ホームページに記載の価格は」
「会員ご入会の価格」とか。

なんのことかにわかに理解できません。
どこに断り書きがあるのでしょう。

はやいはなしが
会員制の店なんですかね。

そういえば
食べ終わった時点でも私には伝票がなかったので
「ありましぇ~ん」といったら
レジの人は不機嫌そうでしたし。

会員でもないのに!
ぼ~っとしていて!なんとなく入って!すみませんでした。
以後!気をつけます。
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淡雪の大原にて [うそ八百]

春 3 月も終わりなのに
洛北・大原の里には淡雪が舞っています。

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「淡雪」でいいのですよね。
京都の春の雪は。

いつか
北越雪譜(鈴木牧之著・1837年発行)を開いて
灰色の脳は混乱したことがありました。
拙ブログ 2008/02/24

「淡雪(旧表記・あはゆき)」と
「沫雪(旧表記・あわゆき)」は違うようでした。

それに北国と南国でも
地方によってニュアンスが違っていたり。

いや!もう考えたくありませんが。

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まだ観光客の少ない季節です。

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恥ずかしながら先日!また夜逃げをしました。
今回はプチ夜逃げですが。はは。

いずれほとぼりが冷めたら
てん末をいいたくなるでしょうけど。

この機会に後生大事に持っていた
古いメモやらノートやらを
シュレッダーにかけてしまいました。
多情な恋の証拠品となりそうなものは
もういりません!
思い出は犬にでも食わせてやりましょう。ざまぁみろ!

10 代のころの(私にも 10 代があったのだ!)
色褪せたノートなんかもあったのですが
偶然開いた片すみに
丸文字の詩らしきものがありました。

たぶん!私の字でしょうけど。
ときどき書体が変わっている変人ですので
自分でもよく分っていないのですが。

それは自分の作文だったのやら
それとも!だれかのものをリライトしていたものやら。

単純な即興詩みたいで
面白くも感動もないのですが
ふと!大原の淡雪にふぶかれていたら
思い出してしまいました。なぜか。


   淡雪が 溶けて行く
   追憶の この胸で
   ああ呼べど 呼ぶたびに
   淡雪が 溶けて行く
   わらべ唄 死んだ朝


   淡雪が 溶けて行く
   あたたかみ ない胸で
   ああ待てど 待ち切れず
   淡雪が 溶けて行く
   おさげ髪 切っていた


   淡雪が 溶けて行く
   青春が 泣く胸で
   ああ生きて 生かされて
   淡雪が 溶けて行く
   ふるさとは 捨てるもの


すらすらと思い出せたのは
単純な詩でもあるのですが
私の作だからですよね。

もし!
だれかの詩だったら!
こきおろしたりして!ごめんなさい。

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(敬称略)
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鞍馬から大原へ [野道!山道!恋はけもの道!]

叡山電鉄の鞍馬駅を降りると
天狗が待っています。
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鞍馬寺の門前町!
山国の早春の朝は動き出すのが遅い。
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鞍馬街道をたどり
鞍馬寺を通り過ぎてから右の細道へ
薬王坂(やっこうざか)の方へ曲がります。

あ!ありません?!
そこにミネラルウォーターの
「製造」と「販売」があったはず。

たしか!いつも!ここで
「鞍馬の水」を買っていたような。

最後に来てからもう××十年経っていますからね。

あのときも私がY子とその母に
水をおごりましたよ!
あまり声高に
威張るほどのことでもありませんが。
そういえば
彼女たち!今どこでどうしていることやら。

気を取り直して薬王坂の上りにかかります。
いきなり急坂です。

体力の衰えをうらみながら 20 分も上りつづけたら
峠!馬の背になっているところ。
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あれ?ない!
阿弥陀(あみだ)如来の
松の木があったはずなんですが。

峠を越えると
今度は急な下りになります。
上り下り!まったく極端な道ですなぁ。

ああ!峠から少し下がったところでしたか!松の木。
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この石碑は
薬王坂弥陀二尊板碑(みだにそんいたび)と
いうのだそうな。
銘文は貞治 3 年です。
西暦 1364 年!ひぇ~っ!
650 年も立っておられましたか。

急坂をころがり落ちれば静原の里。
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雪が舞っています。
3 月も終わりというのに。

林の中ばかり歩いていたので
あまり気にならなかったのですが
カメラのレンズに貼りつくほどの春の雪です。

静原の里には公園にトイレがあるはず。
ありました。
やっと!正解。
昔の恋人に会ったようなうれしい気分。はは。

とぼとぼと静原を抜けて
ゆるやかに上って行けば江文(えぶみ)峠。
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東海自然歩道や京都一周トレイルをはじめ
他のいろいろなハイキングコースや
おまけに府道 40 号線まで集まっているところ。

余談ですが
大昔に先輩から引き継いだ地図には府道もなく
多くのハイキングコースもないですけどね。

どちらに行きましょう。

たいてい金毘羅山から翠黛山(すいたいさん)を経て
寂光院に出ていたような。
逆コース!寂光院から歩くときもそうしていましたが。

みんなを引率しているときには
激励!というより怒りまくって
尻をたたいて進んでいるのですが
自分ひとりになると甘えてしまいます。はは。

淡雪は断続的に降って風は寒いし
一番楽だろうと安易に即断!府道を下りました。
今考えると東海自然歩道の方が短く楽だったような。

大原の里に降りて
「里の駅 大原」で売られている地もの野菜や
食べものを見るだけで満足。
満足ではないのですが懐中にまだ春が来ないもので。

それでも!
さつまいものあんこの入ったパン 120 円と
可愛い餅 360 円を買いました。
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餅はよもぎの餅と
紫蘇(しそ)の餅と
白い餅で花びら模様に加工してあります。
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